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千一夜
第9章 第二夜 パヴァーヌ ⑤
 計画実行の日からもう何日も経っている。ワイン蔵には食料や飲み物はない。さらにワイン蔵には暖房器機などはない。そんな冬の箱根の別荘で人間が生きていけるはずはない。
 姉はもういない。私が姉を消したのだ。後悔なんかしていない。だからと言って「ざまぁ」とも思わない。
 私が告白している間、私を後ろから抱えている主人は一言も話さなかった。質問もなくただ聞いているだけ。
 主人がどんなふうに私の告白を聞いていたのか、私にはわからない。嬉しいはずなんてあり得ない。私は自分の大切な人をこの世から葬った犯人なのだ。私は主人から首を絞められるかもしれない。もし主人がそうしたいのなら私は逆らわない。抵抗など無意味だ。私は主人から憎まれ恨まれ、そして無視されながら生きていくことはできない。
 私は主人を愛している。私は主人がいなければ生きていけない。
 ずっとこのままでいい。カップルズホテルのバスルームで主人と二人だけでこうしていたい。私は主人の腕の中。ずっとずっと私は主人の腕の中。
「飛鳥」
「……」
 主人が何を言い出すのかが怖かった。
「飛鳥」
「何?」
「飛鳥、明日箱根に行く」
「うん」
 多分主人はそう言うだろうと思った。でも私は主人に行ってほしくはない。
「飛鳥」
「何?」
 私を呼ぶ主人の声が震えているのがわかった。主人が泣いている。当たり前だが、主人の中にはまだ姉がいた。涙がこぼれた。私がどんなに主人を愛しても、主人は姉を愛している。
「飛鳥、よく聞いてくれ」
「……うん」
「俺は飛鳥の共犯者になる」
「どういう意味?」
「飛鳥が今俺に言ったことを俺は墓場まで持っていく。誰にも言わない。だから飛鳥もこのことは誰にも言うな、わかったな」
「うん……でも」
「でもなんて言うな。このことは俺と飛鳥しか知らない。飛鳥が知っていることは俺も知っていること。飛鳥のやったことは俺もやったこと。これでいよな。たった今から俺と飛鳥は共犯者になった。飛鳥が苦しむときは、俺も苦しむ。飛鳥が悲しいときは俺もまた悲しい。今から俺と飛鳥は一心同体だ。わかったな、忘れるなよ」
「うん」
 私はその夜主人の腕の中で休んだ。主人の匂いの中で、私は朝まで目を覚ますことはなかった。
 翌朝、主人は箱根に向かい、そして私は家に帰った。
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