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千一夜
第11章 第三夜 春の雪 ①

間違いなく自分は死ぬだろうと草加は思った。雪が視界を遮り、寒さで草加の体力は奪われていた。
草加は申し訳ないと思った。無謀な登山だと今でも思っていないが、生と死の分岐点は確かにあった。
○○岳を五合目まで順調に登ってきたときだった。急に空の色が変わった。風が運んでくる雲がだんだん厚くなっていった。雨だと思った。だから草加は下山ではなく頂上を目指したのだ。ところがその雲は、雨ではなく雪を地上にばら撒き始めたのだ。雨雲ではなく雪雲、読み間違えた。しかし四月の雪だ。長くは降り続かないだろう。この草加の読みも見事に外れた。雪が止むことはなかった。
後悔などしている場合ではない。今は生きることに集中しなければいけない。ところが草加の低体温症の症状はさらに悪化していった。考えることができなくなったのだ。試しに一から十を数えてみる。一、二、三、四、五……次はなんだ? そう六だ。草加はまた一から数え始める。一、二、三と。草加はそれを何度か繰り返した。しかし、六より先の数字を思い出すことができなかった。
そんなときだった。草加の脳裏に父の顔が浮かんだ。怒っているのではなく、草加の父は微笑んでいた。大きな手を草加の頭に乗せて、よくがんばったな、偉いぞ、と草加を見て笑っているのだ。
草加は思い出した。それは草加が小学二年のとき、家から車で三十分くらいにあるY山に登ったときのことだ。七百mにも満たない山であったが、草加は父の背中と父の登山靴を見ながら必死に父の後を追った。一時間半後、草加と父はY山の頂上に腰を下ろして、母が作ったおにぎりを食べていた。
美味しかった。人生で最後の食事は何にする? と問われたら、間違いなくあのときの母のおにぎりだと言うだろう。できることならもう一度母の作ったおにぎりを食べたかった。
草加は観念した。間違いなく自分は死ぬ。幸いなことに最期にいい夢が見られた。この夢に包まれて死ぬのなら本望だ。草加はザックを背負ったままその場にしゃがんだ。
草加は厳冬期の山の経験もある。だからその寒さと厳しさを知っている。四月の山を馬鹿にしたわけではないが、今草加はその寒さと厳しさを味わっている。
ビバークしようにももう体が動かない。草加は体を丸めてできる限り体温を逃がさないようにした。意識したのではない、おそらくそうしたのは山登りの本能なのだろう。
草加は申し訳ないと思った。無謀な登山だと今でも思っていないが、生と死の分岐点は確かにあった。
○○岳を五合目まで順調に登ってきたときだった。急に空の色が変わった。風が運んでくる雲がだんだん厚くなっていった。雨だと思った。だから草加は下山ではなく頂上を目指したのだ。ところがその雲は、雨ではなく雪を地上にばら撒き始めたのだ。雨雲ではなく雪雲、読み間違えた。しかし四月の雪だ。長くは降り続かないだろう。この草加の読みも見事に外れた。雪が止むことはなかった。
後悔などしている場合ではない。今は生きることに集中しなければいけない。ところが草加の低体温症の症状はさらに悪化していった。考えることができなくなったのだ。試しに一から十を数えてみる。一、二、三、四、五……次はなんだ? そう六だ。草加はまた一から数え始める。一、二、三と。草加はそれを何度か繰り返した。しかし、六より先の数字を思い出すことができなかった。
そんなときだった。草加の脳裏に父の顔が浮かんだ。怒っているのではなく、草加の父は微笑んでいた。大きな手を草加の頭に乗せて、よくがんばったな、偉いぞ、と草加を見て笑っているのだ。
草加は思い出した。それは草加が小学二年のとき、家から車で三十分くらいにあるY山に登ったときのことだ。七百mにも満たない山であったが、草加は父の背中と父の登山靴を見ながら必死に父の後を追った。一時間半後、草加と父はY山の頂上に腰を下ろして、母が作ったおにぎりを食べていた。
美味しかった。人生で最後の食事は何にする? と問われたら、間違いなくあのときの母のおにぎりだと言うだろう。できることならもう一度母の作ったおにぎりを食べたかった。
草加は観念した。間違いなく自分は死ぬ。幸いなことに最期にいい夢が見られた。この夢に包まれて死ぬのなら本望だ。草加はザックを背負ったままその場にしゃがんだ。
草加は厳冬期の山の経験もある。だからその寒さと厳しさを知っている。四月の山を馬鹿にしたわけではないが、今草加はその寒さと厳しさを味わっている。
ビバークしようにももう体が動かない。草加は体を丸めてできる限り体温を逃がさないようにした。意識したのではない、おそらくそうしたのは山登りの本能なのだろう。

