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千一夜
第11章 第三夜 春の雪 ①
 カサカサとアウターシェルのフードに雪が落ちる音が草加の耳の届いた。フードのファスナーを鼻が隠れるように上まで締める。いやすでに締めているのだが、外気にさらされている肌の部分が少しでもフードに覆われるように、草加の手が無意識にファスナーを掴んだのだ。辛うじてある体温を逃がしたくない。山登りの本能。ただで死ぬわけにはいかない。無能な山登りで終わるわけにはいなかい。それは草加の本能。
 ゴーグルにすればよかった。冬山なら間違いなくゴーグルにしていたはずだ。サングラスに隠された目を瞑り草加はそう思った。どうせ目を開けたところで、世界の色が変わることなどない。
 草加の後悔が続く。父と母に感謝の言葉を伝えることができなかった。生意気な奴らだったが、受け持った二年三組の生徒たちの顔がもう一度見たい。高校一年生の夏に登った○○山で出会った山の妖精に会いたい(もっともこの話を信じてくれたのは父と母だけだったが)。
 草加の後悔はセンチメンタルな思い出に変わっていった。いよいよ最期だ。山登り失格であったが、山登りのプライドだけは絶対に守る。当然のことだが、登山計画書は入山前に出してきた。自分はいつ見つかるのだろうか? 申し訳ない、申し訳ない、草加は何度も心の中でそう詫びた。
「待て」
 それは誰かの声。誰の声だ? 草加はその声に心当たりがあった。
「もう少し待て」
 父の声だ。間違いないこれは父の声だ。でも冷静になれ、落ち着くんだ。ここには父はいない。自分を見失うんじゃない。草加は自分にそう言い聞かせた。
 ならば今聞こえたのは幻聴なのか? 草加は落胆しかけた。いや違う。確かにあれは父の声だった。父は自分に何かを暗示しているのだ。それは何だ。
 草加は雪の降る街で育った。一晩降り続けると、朝には四十㎝から五十㎝積もるような日も経験したことがある。ところが断続的に降り続ける雪も、少しの間姿を消すことがあるのだ。一分のときもあるし、五分のときもある。そうなれば、少なくとも周りの様子だけでも確認できる。避難できるスペースさえ見つければビバークのチャンスもうまれる。
 もちろん平地と山では条件が違う。しかし、今草加にできることはそれしかなかった。チャンスは一度。フードに落ちる雪の音が消えた瞬間だ。

 
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