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千一夜
第11章 第三夜 春の雪 ①
 フードの中で自分の笑い声が響く。悪くない人生だった。女には振られ続けたが、たくさんの人に出会うことができた。山にも出会うことができた。最期は詫びだらけだと言ったが、それは違った。最期は感謝だった。草加は目を瞑りそう思った。
 草加に寒さの感覚がなくなってきた。息をすることすら面倒だ。草加は最期の言葉を決めていた。
「ありがとう」
 父と母に、そして二年三組の教え子たちに、そして山に。

空白
 
「起きろ」
「……」
「起きろ隼太」
「……」
 それは草加の父の声だった。草加は意識を無くしていた。必死に意識を取り戻す。父は起きろと言った。確かにそう言った。
 草加は瞼を開くことさえ力を振り絞らなければならなかった。どうにかして目を開けることができた。そしてもう一つ大切なことが草加の生きる力を刺激した。
 音がしない。フードに雪が落ちる音がしない。今だ、草加は首を伸ばしてあたりを見回した。サングラスを外す。雪は落ちていない。だが、あたりは白一色だった。
 一か八か適当なところを見つけてビバークをしようと思った。そのときだった。草加の右前方五十m(あくまでも草加の感覚で)のところに黒い岩のようなものが見えた。
 草加が目を凝らす。いや、岩じゃない。あれは建物だ。いや待て、この山に避難小屋はないはずだ。いやそれも待て、この前自分がこの山を登ったのは五年前だ。五年の間に避難小屋が建てられたのかもしれない。自分に都合のいい予想だが、今はそれに頼る以外手はない。草加は決心した。あそこまで行く。
 草加は立ち上がらなかった。ザックが重いからではない。自分の進むべき道が、この山の斜面になるかもしれない、稜線を跨ぐかもしれない。そんなところでバランスを崩せば自分は落ちる。そうなれば一巻の終わりだ。
 そしてその建物は罠かもしれないのだ。幻覚? 錯覚? 幻? 自分を死に誘う罠。たとえそれが罠であったとしても、今はその罠にすがるしかない。
 草加はザックに取り付けてあるピッケルホルダーからピッケルを取り出した。まさかこれを使う羽目になるとは。四つん這いになって五十mを進む。仮に進むべき道が平坦であっても気は抜かない。罠がどこに仕掛けられているかわからないのだ。
 気をつけろ、慎重に進むんだ。草加は自分にそう言い聞かせた。
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