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千一夜
第11章 第三夜 春の雪 ①

草加は残雪の山を馬鹿にしてはいなかった。万が一という言葉が、登山前の草加にアイゼンやピッケル、それからインナーグローブに重ねるオーバーグローブを持たせた。
降り始めた雪は五十㎝近くになろうとしていた。冬山でもこれだけ降る雪を草加は経験したことがない。まさか月を間違えてしまったのか? 草加は苦笑いをした。
雪の上を不格好な四つん這いで進む。とっくに覚悟はできている。残った体力をすべて使う。もう後戻りはできない。草加はピッケルを雪に差し込む前に、目指す建物が幻でないよう山の神に願った。
急がなければいけない。雪が降りだして目標を見失ったら勝負はそこで終わりだ。またホワイトアウトになれば、たとえ避難小屋が五m先でも進むことができなくなってしまう。万事休す。
もし生きて帰ることができたら、温かい湯に浸かって、そのあとはハイボールを飲みながら母の作ったおにぎりを食べる。悪くない。細やかだが小さな希望を光にして草加は雪の上を四つん這いで這い始めた。絶対に帰るぞ、そう草加は自分を𠮟咤した。
これが最後の山登りになるかもしれない。悔いを残さない。そのためにも登山靴に装着したアイゼンで雪面をしっかり刺すようにして先を進んだ。降り出した雪の下の残雪が凍っているかもしれない。油断は禁物だ。
オーバーグローブをしていても、雪を何度も掻いているうちに手の感覚がなくなっていった。背負っているザックも重い。アイゼンが凍った雪の罠にかかるのではないかという不安で、前に進むスピードも一向に速くならない。もちろんホワイトアウトも気がかりである。
それでも草加は目指す建物に自分がだんだん近づいているのがわかった。五十mから三十m。そして二十メートル、マウンドのプレートからホームベースまでの距離。それでも草加は緊張の糸を切らすことはなかった。一足一足、草加は建物に近づいた。
最悪のケースは、今見えている避難小屋が急に消えてなくなることだ。つまり草加に見えた建物が幻覚だったということ。それだけは勘弁してくれ。建物が大きくなるにつれて草加はそう願った。
幸い建物は消えてなくなってはいない。あの建物は幻なんかではなかったのだ。草加はほっとした。だが最後まで気を抜かない。あの避難小屋の戸に手を掛けるまでは。
降り始めた雪は五十㎝近くになろうとしていた。冬山でもこれだけ降る雪を草加は経験したことがない。まさか月を間違えてしまったのか? 草加は苦笑いをした。
雪の上を不格好な四つん這いで進む。とっくに覚悟はできている。残った体力をすべて使う。もう後戻りはできない。草加はピッケルを雪に差し込む前に、目指す建物が幻でないよう山の神に願った。
急がなければいけない。雪が降りだして目標を見失ったら勝負はそこで終わりだ。またホワイトアウトになれば、たとえ避難小屋が五m先でも進むことができなくなってしまう。万事休す。
もし生きて帰ることができたら、温かい湯に浸かって、そのあとはハイボールを飲みながら母の作ったおにぎりを食べる。悪くない。細やかだが小さな希望を光にして草加は雪の上を四つん這いで這い始めた。絶対に帰るぞ、そう草加は自分を𠮟咤した。
これが最後の山登りになるかもしれない。悔いを残さない。そのためにも登山靴に装着したアイゼンで雪面をしっかり刺すようにして先を進んだ。降り出した雪の下の残雪が凍っているかもしれない。油断は禁物だ。
オーバーグローブをしていても、雪を何度も掻いているうちに手の感覚がなくなっていった。背負っているザックも重い。アイゼンが凍った雪の罠にかかるのではないかという不安で、前に進むスピードも一向に速くならない。もちろんホワイトアウトも気がかりである。
それでも草加は目指す建物に自分がだんだん近づいているのがわかった。五十mから三十m。そして二十メートル、マウンドのプレートからホームベースまでの距離。それでも草加は緊張の糸を切らすことはなかった。一足一足、草加は建物に近づいた。
最悪のケースは、今見えている避難小屋が急に消えてなくなることだ。つまり草加に見えた建物が幻覚だったということ。それだけは勘弁してくれ。建物が大きくなるにつれて草加はそう願った。
幸い建物は消えてなくなってはいない。あの建物は幻なんかではなかったのだ。草加はほっとした。だが最後まで気を抜かない。あの避難小屋の戸に手を掛けるまでは。

