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千一夜
第12章 第三夜 春の雪 ②
「お見合いは一度もしたことがありません。草加さんは?」
「各方面から早く結婚しろとは言われますが、各方面から女性を紹介されたことはないです」
「各方面?」
「そうです、各方面」
「ふふふ」
「すみません、つまらない話で」
「いいえ、楽しいお話です。それじゃあ学校の先生をしている草加に訊ねてもいいですか?」
「どうぞ」
「二年三組に好きな女の子いますか?」
「いません!」
 草加は声を大きくして即座に否定した。
「ごめんなさい」
「いえ、別に……」
「じゃあ、タイプの女の子はいますか?」
「……タイプ……」
「ふふふ。草加さんてものすごくわかりやすい人ですね」
「あの、言っておきますが俺は」
「草加さん、ロリコン?」
「違います! 俺はロリコンなんかじゃありません!」
 ほんの一時間か二時間前に生きるか死ぬかの境界線にいた自分が、こんなに大きな声を出せる。草加は不思議だった。
「ごめんなさい」
 沖野は草加の声に驚いた。
「いや、いいんです。でも一つだけ言い訳させてください。確かに可愛いなと思うことはあります。そしてその子が二十くらいになった姿なんかも想像したりします。でもそれだけです。それだけなんです。信じてください。俺ロリコンなんかじゃないです」
「草加さんを揶揄ったみたいでごめんなさい。食事までごちそうになったのにすみませんでした」
「いえ、わかってもらえたらそれでいいですから」
「草加さん、食料大丈夫ですか?」
 ラーメン一袋でも貴重な食料だ。それにラーメンやホットチョコレートを作るのに水も使っている。
「○○岳から○○山までの二泊三日の予定で入山しましたが、今日の雪で断念しました。明日下山するつもりです。ですから食料と水は今のところ大丈夫です」
「それならよかった」
「沖野さんはどうされますか?」
「私も明日下山します」
 草加はもう一度沖野の持ち物を見た。そして沖野のアウターシェルと登山靴も。ゴーグルかサングラスは沖野のリュックの中かもしれない。
 四月の雪が二日も続くはずがない。あと何日かで五月なのだ。おそらく明日は晴れるだろう。そうなれば山が姿を現してくれる。でも雪に覆われた山は初心者には無理だ。
「沖野さん、俺と一緒に下山してください」
「えっ?」
「俺と一緒に下山してください」
「わかりました」
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