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千一夜
第17章 第四夜 線状降水帯 ①
バケツをひっくり返したような雨がフロントガラスにぶつかる。どんなにワイパーを速く回しても雨の勢いには追い付かない。
「おい冗談だろ」
諦めと困惑、そして怒りの混じった声が伊藤秀介の口から漏れた。
夕方の五時を過ぎたばかりなのだが、厚い雨雲のせいで辺りはすでに真っ暗だ。センターラインも道路の端もよく見えない。これではマセラティグラントゥ―リズモのスピードは上げあられない。
「マラソン選手の方が速いな」
伊藤の口からまた独り言が漏れた。
伊藤は今どこを走っているのかがわからなくなった。この大雨のせいなのかスマホがずっと圏外になっているし、ラジオをつけてこの雨の状況を探ろうとしても、受信環境が悪いのかザーという音しか聞こえない。
車のスピードは上げられない。こんな雨の中でもバイクや自転車が走っているかもしれない。道路の端を人が歩いていることだってあるだろう。この雨の中で事故なんて最悪だ。
お盆に帰省なんて止めておけばよかった。無理して両親に顔を見せる必要なんてなかったのだ。そう後悔しても雨は止んでくれない。
「これって線状降水帯の中を車が走っているということなのか」
誰もいない車内で伊藤の独り言は続いた。
もし俺がヒッチコックだったら、この雨を使ってミステリアスなシーンを撮る。豪雨の中を走る車。車の中には男が一人。車を走らせていくと、この雨の中を歩く一人の女がいる。何故か女は傘もささず彷徨うように道路を歩いている。
当然男は車を止めて女にこう言うだろう「どうされました?」。その問いには女は何も答えない。男は車を走らせる? 有り得ない。それじゃ話はそこで終わりになってしまう。
男は必ずこういう「ひどい雨です。濡れますからどうぞ車に乗ってください」と。女は男の誘いを断る? ダメダメそれじゃあ話が面白くない。無理やり女を車に乗せるなんて強姦魔しかしない。必ず女は男の車に乗る。男に下心がないわけではないが、ヒッチコックはミステリーを撮りたいのだ。エロティックなシーンはもう少し後にした方がいい(そんなシーンがあればの話だが)。
土砂降りの雨の中女が一人で道を歩く。ここがポイントだ。。映画館の中に響く雨の効果音。まだ女の顔は隠したまま。じっくりじっくり見る者を引き付けていく。
「おい冗談だろ」
諦めと困惑、そして怒りの混じった声が伊藤秀介の口から漏れた。
夕方の五時を過ぎたばかりなのだが、厚い雨雲のせいで辺りはすでに真っ暗だ。センターラインも道路の端もよく見えない。これではマセラティグラントゥ―リズモのスピードは上げあられない。
「マラソン選手の方が速いな」
伊藤の口からまた独り言が漏れた。
伊藤は今どこを走っているのかがわからなくなった。この大雨のせいなのかスマホがずっと圏外になっているし、ラジオをつけてこの雨の状況を探ろうとしても、受信環境が悪いのかザーという音しか聞こえない。
車のスピードは上げられない。こんな雨の中でもバイクや自転車が走っているかもしれない。道路の端を人が歩いていることだってあるだろう。この雨の中で事故なんて最悪だ。
お盆に帰省なんて止めておけばよかった。無理して両親に顔を見せる必要なんてなかったのだ。そう後悔しても雨は止んでくれない。
「これって線状降水帯の中を車が走っているということなのか」
誰もいない車内で伊藤の独り言は続いた。
もし俺がヒッチコックだったら、この雨を使ってミステリアスなシーンを撮る。豪雨の中を走る車。車の中には男が一人。車を走らせていくと、この雨の中を歩く一人の女がいる。何故か女は傘もささず彷徨うように道路を歩いている。
当然男は車を止めて女にこう言うだろう「どうされました?」。その問いには女は何も答えない。男は車を走らせる? 有り得ない。それじゃ話はそこで終わりになってしまう。
男は必ずこういう「ひどい雨です。濡れますからどうぞ車に乗ってください」と。女は男の誘いを断る? ダメダメそれじゃあ話が面白くない。無理やり女を車に乗せるなんて強姦魔しかしない。必ず女は男の車に乗る。男に下心がないわけではないが、ヒッチコックはミステリーを撮りたいのだ。エロティックなシーンはもう少し後にした方がいい(そんなシーンがあればの話だが)。
土砂降りの雨の中女が一人で道を歩く。ここがポイントだ。。映画館の中に響く雨の効果音。まだ女の顔は隠したまま。じっくりじっくり見る者を引き付けていく。