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千一夜
第20章 第四夜 線状降水帯 ④
「めちゃめちゃシュールな夢じゃないですか。人間が蛙に食われるなんて。伊藤さん、それ何かに使えませんか」
「冗談じゃない。今でも蛙に噛まれた感触が体中から抜けないんだ。頼まれてもそんなものは絶対に使わない」
「で、目が覚めたのは車の中だったんですよね」
「そう、車の中。雨が酷くなって、車を道路の脇に止めて寝ていたというわけだ」
「ハッピーエンドなのかバッドエンドなのか、よくわからないおちですね。それにしても夢の中でまた夢を見るって不思議だな」
「ああ」
「でも夢の中でいい女を抱けて良かったじゃないですか」
「まぁな。蛙さえ出てこなければパーフェクトだった」
「やっぱ蛙、何かのシーンで使いましょうよ」
「ふざけるな。それにもう蛙のことは言わないでくれ」
「はい。そう言えば伊藤さん、この子また応募してきましたよ」
伊藤の会社の映像スタッフである石丸健吾が、一枚の履歴書とオーディション写真を伊藤に渡した。伊藤は写真の女に目を落とした。
「……」
「登場シーンも台詞も少ない役なんですけど。この子もったいないですよね。スレンダーなスタイルも悪くないし、少しワイルドでツンデレという感じだからテレビに出ればファンだってできるでしょ」
「芝居がいまいちなんだ」
沢井ゆかり、伊藤が関わる映画やテレビドラマのオーディションに数年前から応募し続けている。し続けているということは、すべてのオーディションで不合格になっているということだ。
書類選考、一次審査、二次審査を軽々通過して沢井ゆかりはいつも最終選考まで残った。そしていつも最終選考で落とされた。役を演じ切る力がないのだ。
伊藤は自分の作る作品に妥協しなかった。芸能事務所のごり押しはすべて無視。できない役者はたとえ撮影途中でも遠慮なく切った。伊藤の非常さをしらない業界人はいない。
それでも伊藤はどこかで沢井を使いたいと思っていた。自分を通すか自分を曲げるか、沢井の応募を知るたびに、伊藤は己と格闘した。
「どこかのシーンで使えませんかね?」
「どこかのシーン……それはどこだよ」
「すみません」
石丸は謝った。伊藤はエキストラにも雷を落とす男だ。
しかし伊藤は、石丸が言ったどこかのシーンを探した。沢井ゆかりを使うことができるシーン。
「冗談じゃない。今でも蛙に噛まれた感触が体中から抜けないんだ。頼まれてもそんなものは絶対に使わない」
「で、目が覚めたのは車の中だったんですよね」
「そう、車の中。雨が酷くなって、車を道路の脇に止めて寝ていたというわけだ」
「ハッピーエンドなのかバッドエンドなのか、よくわからないおちですね。それにしても夢の中でまた夢を見るって不思議だな」
「ああ」
「でも夢の中でいい女を抱けて良かったじゃないですか」
「まぁな。蛙さえ出てこなければパーフェクトだった」
「やっぱ蛙、何かのシーンで使いましょうよ」
「ふざけるな。それにもう蛙のことは言わないでくれ」
「はい。そう言えば伊藤さん、この子また応募してきましたよ」
伊藤の会社の映像スタッフである石丸健吾が、一枚の履歴書とオーディション写真を伊藤に渡した。伊藤は写真の女に目を落とした。
「……」
「登場シーンも台詞も少ない役なんですけど。この子もったいないですよね。スレンダーなスタイルも悪くないし、少しワイルドでツンデレという感じだからテレビに出ればファンだってできるでしょ」
「芝居がいまいちなんだ」
沢井ゆかり、伊藤が関わる映画やテレビドラマのオーディションに数年前から応募し続けている。し続けているということは、すべてのオーディションで不合格になっているということだ。
書類選考、一次審査、二次審査を軽々通過して沢井ゆかりはいつも最終選考まで残った。そしていつも最終選考で落とされた。役を演じ切る力がないのだ。
伊藤は自分の作る作品に妥協しなかった。芸能事務所のごり押しはすべて無視。できない役者はたとえ撮影途中でも遠慮なく切った。伊藤の非常さをしらない業界人はいない。
それでも伊藤はどこかで沢井を使いたいと思っていた。自分を通すか自分を曲げるか、沢井の応募を知るたびに、伊藤は己と格闘した。
「どこかのシーンで使えませんかね?」
「どこかのシーン……それはどこだよ」
「すみません」
石丸は謝った。伊藤はエキストラにも雷を落とす男だ。
しかし伊藤は、石丸が言ったどこかのシーンを探した。沢井ゆかりを使うことができるシーン。