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千一夜
第20章 第四夜 線状降水帯 ④
 それから十五分ほどしてタクシーが来た。
「これは僕の名刺だ。真剣に役者を目指す気になったら電話しなさい」
「真剣じゃないとだめですか?」
「真剣な君が見たいのさ、いつでもいい電話しなさい」
「はい」
「君が勤めているガールズバーはどこにあるんだい?」
「後で電話で教えます」
「今じゃだめなのか?」
「だめです」
「ははは」
 ゆかりには驚かされることばかりだ。伊藤はまた笑った。
 ゆかりがタクシーの後部座席に乗り込んだ。伊藤とは目を合わせずまっすぐ前を向いたまま。ツンデレ、なるほど、タクシーを見送る伊藤の頬が緩んだ。
 伊藤はシャワーを浴びた後、階段を上り寝室に向かった。
 部屋に入る。伊藤は1975年制のテクニクスのレコードプレーヤーに、アートテイタムのLPレコードをのせた。アームリフターを引いて針をレコードに落とす。ほんの少しだけパチパチという音。それからピアノの演奏。憎たらしいくらいの超絶技法の始まり。間違いなくアートテイタムは天才だ。
 伊藤は寝室にあるバーカウンターからブラントンゴールドを選んでグラスに注いだ。グラスの半分くらい注がれたブラントンを伊藤はいつもストレートで飲む。グラスを持って伊藤はコルビジェのシェーズロングソファに腰かけた。
 ブラントンのフルーティーな香りを楽しんでからグラスのバーボンを一口喉に流す。火の塊のような熱さを伊藤は喉に感じた。香りが鼻孔から抜けていく。口中に広がるブラントンの甘味。一端グラスをサイドテーブルに置いて、伊藤は大人の揺りかごに身を任せた。
 疲れと緊張が一気に抜けていくのがわかった。テラスの向こうに見えるはずの海は、残念ながら闇に溶け込んで見ることができない。遠くにある誰かの家からもれる灯りが光っているが、伊藤が見たいものはそれではない。
 それならばアートテイタムに波の音を重ねたいのだが、それは偉大なジャズピアニストに対して失礼というものだ(でもアートテイタムなら笑って許してくれるかもしれない。波の音? 悪くないじゃないかと言って)。
 ブラントンゴールドとアートテイタム、そしてコルビジェ。伊藤は二口目を口を運んだ。フルーティーな香りは更に強くなり、気高く深みのある味は、伊藤の体を熱く火照らし、心には平穏をもたらした。
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