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千一夜
第1章 第一夜 三白眼の娘 ①
 五日後、広山母娘は黒川の会社のマンションに引っ越してきた。
 そしてそれから一週間が経った。黒川は広山母娘を訪ねた。黒川がドアをノックすると娘の幸恵が出てきた。
「お母さんいるかな?」
「はい」
 三白眼を黒川に向けて幸恵は小さく返事をした。幸恵の三白眼に黒川は胸が疼いた。幸恵が奥にいる母親を呼ぶと涼子がやって来た。
「黒川さん、この度はありがとうございました。お陰様でこうやって暮らしております」
「いやいや、。それより就職は決まったかい?」
「いいえ」
 出所したばかりの女がそう簡単には働き先を見つけることはできない。それをわかったうえで黒川は訊ねたのだ。
「それで今日はお願いに来たんだよ。娘さんにうちでアルバイトしてもらいたいんだよ」
「アルバイト?」
 涼子と幸恵が同時にそう言った。
「ああ。簡単な仕事だ。わが家の掃除を頼みたいんだ」
 黒川の家の掃除は通いのお手伝いさんが毎日やる。掃除のアルバイトなんて必要ない。
「幸恵、お前黒川さんのところでアルバイトする?」
 涼子は隣の幸恵に訊ねた。
「簡単な仕事だよ。はい、これがバイト代」
 黒川はそう言って三万円を幸恵の前に出した。それに反応したのは幸恵ではなく母親の涼子だった。三万円を出したときの驚いた涼子の顔を黒川は見逃さなかった。
「今から今夜の八時まで、もちろん仕事が終わったら車で送るよ」
「幸恵、どうする?」
 涼子は幸恵を見てそう言った。
「本当はね、もう少し長くやってもらいたいんだよ。もちろんそうしてくれたらバイト代はもっと出すよ」
 黒川は長財布から札を取り出す格好を涼子に見せた。
「何時までですか?」
 幸恵が黒川に訊いた。
「遅くなっら泊まっていもかまわないんだ」
 黒川は幸恵ではなく母親の涼子に向かってそう答えた。今度は財布から一万円札を何枚か抜き取り、それを涼子に見せた。
「幸恵、黒川さんのところに行って黒川さんを手伝ってきなさい。遅くなってもあんな大きな家に泊めてもらえるんだから、心配なんかいらないよ」
「そうだよ幸恵ちゃん。簡単な仕事だ」
「はい」
 幸恵の小さな声だった。
 黒川は母親の涼子に十万円を渡した。
「じゃあ明日幸恵ちゃんを送って来るからね」
 黒川は涼子にそう言ったが、涼子の関心は黒川から渡された一万円札十枚だった。
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