この作品は18歳未満閲覧禁止です

- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
千一夜
第22章 第四夜 線状降水帯 ⑥

「伊藤先生、新しいオフィス素敵ですね」
K出版文芸部編集者、関根瞳は伊藤に向かってそう言った。小柄な関根は入社4年目の二十六歳。大学は伊藤と同じW大学の文学部を出ている。
「ありがとう」
「渋谷のZビルの最上階を含めた3フロアなんて本当に凄いです」
「社員のお陰だ」
「ご謙遜を、やっぱり伊藤先生のお力と才能だと思います。本当ですよ、伊藤先生」
「いやいやそんなことはないよ。僕なんかもう古い人間だ。ありがたいことにうちの会社には才能のある若いやつがたくさんいる。僕はいつ身を引くかを考えなければいけないよ」
「伊藤先生、まだお若いじゃないですか」
「四十なんてこの世界じゃもうおっさんだ」
「そんあことありませんよ」
「そんなことがあるんだよ、残念ながらこの世界にはね」
「いえいえ、伊藤先生は本当にお若いです」
「お世辞でも嬉しいよ」
西麻布の居酒屋の個室。伊藤は日本酒北雪をいつものようにワイングラスで口に運んだ。担当編集者は伊藤の好む酒も知っておかなければならない。
「お世辞なんかじゃありません。伊藤先生、この度はOH賞候補おめでとうございます」
「僕なんかが書いたものがOH賞の候補になってもいいのかな」
「もちろんですよ『群像たちが渡る海』80万部を突破しました。OH賞候補になったので、近いうちに間違いなく売り上げが100万部を超えると思います」
「100万部ね」
「100万部は通過点で、OH賞受賞となればさらに伊藤先生の本は売れます」
「何だか恥ずかしいよ、それに候補になっただけで受賞したわけじゃない」
「いえ、必ず伊藤先生の作品が受賞されます。うちの社なんて久しぶりのミリオンなんです。すべて伊藤先生のお蔭です」
「君の出版社に少しでも貢献出来たのなら僕も嬉しい。書きませんかと誘ってくれたのは君の出版社だけだったからね」
「先生、本当にありがとうございます」
「でもまた取らぬ狸の皮算用にならなければいいのだが」
伊藤が初めて書いた短編小説『ボーダーブルー』はA賞の候補になったが、受賞には至らなかった。
「伊藤先生、私悔しんです。みんな思ってましたよ、あのときのA賞は間違いなく伊藤先生だと」
「力及ばずだ」
「そんなことはありません。だって伊藤先生の作品の方が売れたんですから。それに先生の書いた『ボーダーブルー』はめちゃくちゃ面白かったです。
「ありがとう」
K出版文芸部編集者、関根瞳は伊藤に向かってそう言った。小柄な関根は入社4年目の二十六歳。大学は伊藤と同じW大学の文学部を出ている。
「ありがとう」
「渋谷のZビルの最上階を含めた3フロアなんて本当に凄いです」
「社員のお陰だ」
「ご謙遜を、やっぱり伊藤先生のお力と才能だと思います。本当ですよ、伊藤先生」
「いやいやそんなことはないよ。僕なんかもう古い人間だ。ありがたいことにうちの会社には才能のある若いやつがたくさんいる。僕はいつ身を引くかを考えなければいけないよ」
「伊藤先生、まだお若いじゃないですか」
「四十なんてこの世界じゃもうおっさんだ」
「そんあことありませんよ」
「そんなことがあるんだよ、残念ながらこの世界にはね」
「いえいえ、伊藤先生は本当にお若いです」
「お世辞でも嬉しいよ」
西麻布の居酒屋の個室。伊藤は日本酒北雪をいつものようにワイングラスで口に運んだ。担当編集者は伊藤の好む酒も知っておかなければならない。
「お世辞なんかじゃありません。伊藤先生、この度はOH賞候補おめでとうございます」
「僕なんかが書いたものがOH賞の候補になってもいいのかな」
「もちろんですよ『群像たちが渡る海』80万部を突破しました。OH賞候補になったので、近いうちに間違いなく売り上げが100万部を超えると思います」
「100万部ね」
「100万部は通過点で、OH賞受賞となればさらに伊藤先生の本は売れます」
「何だか恥ずかしいよ、それに候補になっただけで受賞したわけじゃない」
「いえ、必ず伊藤先生の作品が受賞されます。うちの社なんて久しぶりのミリオンなんです。すべて伊藤先生のお蔭です」
「君の出版社に少しでも貢献出来たのなら僕も嬉しい。書きませんかと誘ってくれたのは君の出版社だけだったからね」
「先生、本当にありがとうございます」
「でもまた取らぬ狸の皮算用にならなければいいのだが」
伊藤が初めて書いた短編小説『ボーダーブルー』はA賞の候補になったが、受賞には至らなかった。
「伊藤先生、私悔しんです。みんな思ってましたよ、あのときのA賞は間違いなく伊藤先生だと」
「力及ばずだ」
「そんなことはありません。だって伊藤先生の作品の方が売れたんですから。それに先生の書いた『ボーダーブルー』はめちゃくちゃ面白かったです。
「ありがとう」

