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千一夜
第22章 第四夜 線状降水帯 ⑥

「だったら今君の彼氏はどんなレースに出てるの?」
「……」
希は伊藤をじっと見たまま黙ってしまった。
「もしかしたらレースには出たことがないとか」
「……はい」
蚊の鳴くような希の返事。
伊藤は車の業界に詳しいわけではないが、それでもF1ドライバーになることが難しいことくらいわかる(もっとも希の彼氏がそれを望んでいるかはわからないが)。才能があってもチームはシートを用意してくれない。チームは才能がある選手の後ろにいる巨大スポンサーの力がどうしても必要になる。それだけレースの世界には金がかかるのだ。
才能と金、このセットは切っても切り離されない。
燈の彼氏の売れない役者が、伊藤の脳裏に浮かんだ。希の彼氏にも同じ匂いを感じる。
「彼氏って今いくつ?」
「二十五です」
「二十五か」
二十五でレースに出たことがないレーサー。やはり希の彼氏も燈の彼氏と同じだ。伊藤はそう思った。
「彼のレースのために……」
「彼のレースのためにお金が必要だということだね」
「はい」
「具体的には彼のレースに今何が足りないの?」
「……車」
「車!つまりレースに出るための車がないということだね」
「はい」
「そこから始めないといけないんだ」
伊藤はうんざりした。好きな男がいると見えるものまで見えなくなってしまう。そんな男はやめてしまえ、と言って伊藤が希を諭しても意味など全くない。意味がなければ伊藤は何もしないし何も言わない。伊藤は断ろうかと考え始めていた。
「お願いします!私、海外に行くのいやなんです」
「海外?」
「社長にキャンセルされると……」
「されると?」
「海外に行かなければなりません」
「つまり僕が最後の砦なんだ」
「最後の砦?」
日本を出て体を売らなければ生きていけない(好きな男に貢げない)。いつから日本は貧しくなったのだろうか。伊藤はふとそんなことを思った。
「本当にお願いします」
「例えば僕が変態だったらどうする? 海外の方が君にはいいかもしれないぞ」
「松原さんは社長を紳士だと言ってました」
「松原さんが嘘を言ってるかもしれないけど」
「それはないと思います」
「どうして?」
「お会いして、社長は松原さんが言っていた通りの人だと思います」
「僕を見てわかるの? 今日会ったばかりなのに」
「なんとなく」
「なんとなくか」
「……」
「……」
希は伊藤をじっと見たまま黙ってしまった。
「もしかしたらレースには出たことがないとか」
「……はい」
蚊の鳴くような希の返事。
伊藤は車の業界に詳しいわけではないが、それでもF1ドライバーになることが難しいことくらいわかる(もっとも希の彼氏がそれを望んでいるかはわからないが)。才能があってもチームはシートを用意してくれない。チームは才能がある選手の後ろにいる巨大スポンサーの力がどうしても必要になる。それだけレースの世界には金がかかるのだ。
才能と金、このセットは切っても切り離されない。
燈の彼氏の売れない役者が、伊藤の脳裏に浮かんだ。希の彼氏にも同じ匂いを感じる。
「彼氏って今いくつ?」
「二十五です」
「二十五か」
二十五でレースに出たことがないレーサー。やはり希の彼氏も燈の彼氏と同じだ。伊藤はそう思った。
「彼のレースのために……」
「彼のレースのためにお金が必要だということだね」
「はい」
「具体的には彼のレースに今何が足りないの?」
「……車」
「車!つまりレースに出るための車がないということだね」
「はい」
「そこから始めないといけないんだ」
伊藤はうんざりした。好きな男がいると見えるものまで見えなくなってしまう。そんな男はやめてしまえ、と言って伊藤が希を諭しても意味など全くない。意味がなければ伊藤は何もしないし何も言わない。伊藤は断ろうかと考え始めていた。
「お願いします!私、海外に行くのいやなんです」
「海外?」
「社長にキャンセルされると……」
「されると?」
「海外に行かなければなりません」
「つまり僕が最後の砦なんだ」
「最後の砦?」
日本を出て体を売らなければ生きていけない(好きな男に貢げない)。いつから日本は貧しくなったのだろうか。伊藤はふとそんなことを思った。
「本当にお願いします」
「例えば僕が変態だったらどうする? 海外の方が君にはいいかもしれないぞ」
「松原さんは社長を紳士だと言ってました」
「松原さんが嘘を言ってるかもしれないけど」
「それはないと思います」
「どうして?」
「お会いして、社長は松原さんが言っていた通りの人だと思います」
「僕を見てわかるの? 今日会ったばかりなのに」
「なんとなく」
「なんとなくか」
「……」

