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千一夜
第23章 第四夜 線状降水帯  ⑦
 伊藤と暮らし始めて数か月、希は伊藤についていろいろなことがわかってきた。
 伊藤の話はどんな話題でも面白かった。音楽や酒の話、それから車に映画、それらのすべては希が初めて耳にする話だった。希は伊藤の話の虜になった。
 どうしても付き合っている男と伊藤を比べてしまう。仕方ないことが、比べれば比べるほど付き合っていた男が惨めに思えてきた。そして希はその男に貢いでいた自分が悲しくなった。
 希が付き合っていた男は、自分が成功しないことを世間のせいにしていた。男から毎日愚痴を聞かされたし、男はいつも誰かの悪口を言っていた。
 伊藤が愚痴を言ったことなど一度もない。敵の多い世界で仕事をしていても、伊藤から誰かの悪口を聞かされたこともない。嫌味な自慢話も無し。希が驚いたのはそれだけでない。伊藤はどんなときも同じで変わらないのだ。 
 社長という地位にいても思うように仕事が前に進まないことだってあるだろう。嫌いな役者にも会わなければならないかもしれない(もちろんこれは希の予想なのだが)。それでも伊藤はどんなときも変わらず希には優しかった。
 伊藤はお金を追いかけない。逆にお金が伊藤を追いかけているように希には思えた。
 紳士な伊藤が変わるのはベッドの中だけ。ベッドの中で伊藤は王様になる。自分の性欲を満たすために希を奴隷のように扱うこともある。でもそれを希は嫌がらない。それどころかずっとずっと伊藤には王様になっててほしいと希は願う。王様は希をいかせることもわすれないからだ。
 温和な伊藤はベッドの中では獣になる。そのギャップに希の体は燃え、心が震えた。
 思えば付き合ってきた男にいかされたことなど希は一度もなかった。男のセックスはたんぱくで、キスをしてから乳首をしゃぶって挿入するだけ。それを五分で終わらせた。間違いなく付き合っていた男は早漏だったと希は思う。
 確かに初めて伊藤の肉棒をしゃぶったときは、伊藤の射精は早かった。しかし早かったのはそのときだけだった。伊藤の射精はそれ以降、のぞみのいくときと同じだった。
 おまけに伊藤の手や舌はとても厭らしく希の体を這った。希は伊藤の手と舌で何度もいかされたのだ。
 希の中で伊藤は、自分の父親と同じ年のおっさんから恋愛対象の一人の男に変わっていったのだ。
 
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