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千一夜
第23章 第四夜 線状降水帯  ⑦
 製作費は潤沢であった。伊藤が事実上の引退会見をすると、出資を申し出る企業が更に増えた。伊藤の引退作品は、企業にとって競馬の銀行レースのようなものだ。その馬に賭けないわけにはいかない。映画に金を出す企業を募ることが難しい時代に、これは極めて珍しいことであった。
 伊藤は自分の映画のためには妥協しないということを多くの業界人は知っている。役者の事務所のごり押しは無視するし、主役の紹介だからと言って無名の役者を使うことなんて絶対にしない。それどころかこのご時世に通行人役のエキストラにも怒鳴ることがある。
 フィルムの隅にも隙を作ってはいけない。これは伊藤が尊敬する役者から学んだ教訓だ。早世したこの役者の言葉を伊藤は忘れたことがない。
 それだけに失敗は許されない。最低でも興行収入百億。伊藤の思いが伝わったのか、役者も現場スタッフもいつもよりぴりぴりした緊張の中で撮影は進んだ。
 そしてフィルムは順調に回っていった。ところが物語の中盤に出てくるある俳優の芝居が、伊藤を悩ませたのだ。俳優の名前は溝口静香。神秘的な容貌が伊藤の心にささった……はずだった。
 アイドルグループで歌を歌っていても芝居は出来た。が、静香の芝居に何かが足りない。静香が演じるシーンの撮り直しが何度も続いた。そのために主役クラスの役者たちがしびれを切らし始めた。そんなときだった。またNGを出された静香が泣きだしたのだ。
「泣くな!」
 伊藤は静香に向かって怒鳴った。もちろん現場は一瞬で凍った。撮影はそこで一旦中止。伊藤は静香と静香のマネージャーを呼んだ。そしてこう言ったのだ。
「役を代わってもらえないだろうか?」
 静香と静香のマネージャーの顔色が変わった。伊藤は続けた。
「別の役を用意する。今より台詞の多い役だ。つまりその分だけスクリーンに映る時間が増える」
 静香と静香のマネージャーの顔色がまた変わった。二人の表情が緩んだのだ。伊藤は思った。「この女、腹の中で笑ってるな」と。
 原作も脚本も伊藤が書いたものだ。伊藤は静香のために、いや自分の作品のために数分のシーンと台詞を新たに加えた。
 問題は、静香の役を誰かにさせなければならないということだ。伊藤はもう一度オーディションに寄せられた俳優の書類を見直した。
 だが伊藤の目に留まる役者はい一人もいなかった。
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