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千一夜
第23章 第四夜 線状降水帯 ⑦

伊藤が香苗に電話をかけてから三日後、ゆかりは静香が演じるはずだった役を見事にやり遂げた。ゆかりの演技は完璧だった。伊藤はそのシーンだけでも映画の成功を確信することができた。
見事だったのはゆかりだけではない。香苗は芝居を忘れてはいなかった。どんな魔法をゆかりにかけたのかわからないが、香苗の指導があってこそゆかりは役者の第一歩を歩むことができたのだ。
「助かったよ」
「どうしたのよ伊東。あなただったら私なんか必要じゃなかったはずよ。あの子を探してきたのは伊東でしょ」
「残念ながらゆかりを探したのは僕じゃない。何度かオーディションに応募してきた子なんだ」
「そのオーディションにゆかりは落ち続けたわけね」
「その通り。香苗が言うようにゆかりには才能がある。でも……芝居がもう一つだった」
「ゆかりはもう一つから先に進むことができなかった」
「正確に言えば、ゆかりを先に進ませることが僕にはできなかったということだ」
「負けを認める?」
「ああ、僕は君に負けた」
「最高の気分よ」
「最低の気分だ」
沈黙。
「ところであの話はまだ生きてる?」
「あの話?」
「そう、あの話」
「もちろんだ。香苗にはどうしても社外取締役になってほしい。いや、本音は少し違う。香苗の事務所を僕の会社が買収する。買収しても事務所の社長は香苗だ。そうなれば肩書は社外が取れて取締役になる」
「万が一私が取締役になったら、私は伊藤を遠慮なく虐めるわよ。それでもいいの?」
「香苗は取締役でなくても僕を虐めるじゃないか」
「伊藤みたいに偉そうな奴が嫌いなのよ」
「偉そうにしている覚えはないが、なってくれるか?」
「条件があるわ」
「命令だろ」
「いちいちうるさいわね。伊藤のそういうところがむかつくのよ」
「で、条件は?」
「来年、BSで伊藤の会社が制作するドラマがあるでしょ?」
「ああ」
「そのドラマでゆかりを使って欲しいの」
「キャスティングはほぼ決まっているけど」
「ほぼでしょ。主役をくれとは言わないわ。ただ主役クラスの役は頂戴よ」
「演技は上手くてもゆかりはまだ無名だ。それにそのドラマのプロデューサーは僕じゃない。僕は口を挟めないんだ」
「口を挟めと言ってるのよ。そのドラマの原作は伊藤が書いたんでしょ」
「読んだのか?」
「つまらなかったと言いたいけど、まぁまぁだったわ」
「まぁまぁか」
見事だったのはゆかりだけではない。香苗は芝居を忘れてはいなかった。どんな魔法をゆかりにかけたのかわからないが、香苗の指導があってこそゆかりは役者の第一歩を歩むことができたのだ。
「助かったよ」
「どうしたのよ伊東。あなただったら私なんか必要じゃなかったはずよ。あの子を探してきたのは伊東でしょ」
「残念ながらゆかりを探したのは僕じゃない。何度かオーディションに応募してきた子なんだ」
「そのオーディションにゆかりは落ち続けたわけね」
「その通り。香苗が言うようにゆかりには才能がある。でも……芝居がもう一つだった」
「ゆかりはもう一つから先に進むことができなかった」
「正確に言えば、ゆかりを先に進ませることが僕にはできなかったということだ」
「負けを認める?」
「ああ、僕は君に負けた」
「最高の気分よ」
「最低の気分だ」
沈黙。
「ところであの話はまだ生きてる?」
「あの話?」
「そう、あの話」
「もちろんだ。香苗にはどうしても社外取締役になってほしい。いや、本音は少し違う。香苗の事務所を僕の会社が買収する。買収しても事務所の社長は香苗だ。そうなれば肩書は社外が取れて取締役になる」
「万が一私が取締役になったら、私は伊藤を遠慮なく虐めるわよ。それでもいいの?」
「香苗は取締役でなくても僕を虐めるじゃないか」
「伊藤みたいに偉そうな奴が嫌いなのよ」
「偉そうにしている覚えはないが、なってくれるか?」
「条件があるわ」
「命令だろ」
「いちいちうるさいわね。伊藤のそういうところがむかつくのよ」
「で、条件は?」
「来年、BSで伊藤の会社が制作するドラマがあるでしょ?」
「ああ」
「そのドラマでゆかりを使って欲しいの」
「キャスティングはほぼ決まっているけど」
「ほぼでしょ。主役をくれとは言わないわ。ただ主役クラスの役は頂戴よ」
「演技は上手くてもゆかりはまだ無名だ。それにそのドラマのプロデューサーは僕じゃない。僕は口を挟めないんだ」
「口を挟めと言ってるのよ。そのドラマの原作は伊藤が書いたんでしょ」
「読んだのか?」
「つまらなかったと言いたいけど、まぁまぁだったわ」
「まぁまぁか」

