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千一夜
第24章 第四夜 線状降水帯 ⑧
「オーロラを見てレコード店を回って、それからヘルシンキ大聖堂。で……なんという街だったかな」
「ポルヴォーよ」
「そうそう、その街に行く。よし決まりだ」
「伊藤君」
「何だ」
「熱量を求める公式覚えてる?」
「おいよせよ。楽しい話をしているんだ。高校時代の化学の授業なんて思い出したくない」
 伊藤はうんざりしてそう言った。
「高校じゃないわよ。中学の理科の授業で習ったでしょ」
「そんな大昔んことなんて忘れたよ。第一僕は理科が嫌いだった。もっとはっきり言うと大嫌いだった」
「そうなの?」
「ああ。熱量を求める公式がどうかしたのか?」
「電力×時間。電力は電流×電圧だから、熱量を求める公式は電流×電圧×時間」
「橘、何が言いたいんだ?」
「この公式は伊藤君にぴったりな公式」
「僕に?」
「そう」
「どういうところが僕にぴったりなんだ?」
「伊藤君×ジャズ×時間」
「何だよそれ」
「伊藤君とジャズが溶けあっていることに嫉妬するわ、それもとても長い時間をかけて」
「ジャズが悪いわけじゃない」
「ジャズだけじゃないわよ。そこにはお酒とか車とか……」
「車とか、その次は何だよ」
「お・ん・な」
 裕子はそう言って伊藤の腕をつねった。
「痛っ!」
「ごめんなさい。でも伊藤君、これからはその公式の中に私も入れて。伊藤君×私×時間。もっともっと私は伊藤君との時間がほしい。伊藤君と掛け算されて一つになって溶け合いたい」
「副会長の言うことは守る。でも橘、もう理科の話はやめてくれ」
「ふふふ、わかったわ会長。でも伊藤君、どうして引退を考えたの?」
「僕は芝居を作るプロだ」
「だから? みんな言ってるわよ。どうしてこんなに早く伊藤君が引退するのかって」
「橘、最初に言っておく。僕は自分の才能が枯渇したとは思っていない。理由はいくつかあるが、訊きたいか?」
「もちろん」
「言いたくない台詞だが、時代の流れが速すぎた」
 伊藤は溜まっていた何かを吐き出すようにしてそう言った。
「そんな理由、伊藤君らしくないわよ」
「橘、最後まで僕に話をさせろ」
「ごめんなさい」
「ネットなんて厄介なものが大手を振るようになって、仕事がめちゃくちゃ増えた。仕事が増える、金が入る。そして僕の会社は僕が思っていた以上に大きくなった。正確には今も大きくなっている。制御不能だ。ただ芝居を作りたかっただけなのにな」
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