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千一夜
第26章 第四夜 線状降水帯  ➉
 自分はもう死んでしまったのだろうか? それともまだ生と死の境をさまよっているのだろうか? 伊藤は今自分に起こっている出来事を分析してみた。顔をしかめたくなる匂いと青い蛙が消えたおかげで、伊藤は冷静になることができたのだ。
 死の直前突然現れる回り灯篭。そこに映る自分の過去のあれこれを人は見るのだという。芝居、車、酒と音楽、それから女。自分の人生はその五つに凝縮されている。伊藤はその五つのことについて深く考えてみた。最後の晩餐ではないが、最後に自分は何をしたいのか?
 ブロードウェイも悪くはないが、一度シェークスピアの舞台をロンドンで見たかった。車はやはりマクラーレン、これだけは絶対に譲れない。酒はバーボンだが、高級バーボンじゃ面白くない。学生時代、ちびりちびり飲んだバーボン。メーカーズマークのレッドトップ。学生だったときはそれすら自分には分不相応なバーボンウイスキーだった。
 それらを想像すると伊藤の心が穏やかになっていった。憧れやなつかしさが伊藤に甦った。死の直前でも(もう死んでいるかもしれないが)意外と落ち着いていられるものなのだなと伊藤は思った。
 さて困った。暗闇の中で伊藤の顔が曇った。
 音楽について……。決められない。聴きたいジャズは数多くある。その中から選べなんて自分には無理だ。どうすればいい? 伊藤は考え抜いた末にジャズではなくあえてクラッシック、モーツァルトを選んだ。
 ピアノと管楽のための五重奏曲変ホ長調K.452。『死とはモーツァルトが聴けなくなるということだ』という名言を残したアインシュタインを真似るわけではないが、この曲で自分自身を送りたい。
 伊藤の頬に二筋の涙が流れた。温かな涙は止まることがなく流れ続けた。
 悪くない人生だった。もちろんやり残したことがないと言えば、それは負け惜しみになる。こんなときに強がっても意味など全くない。だから伊藤は本当のことを口に出して言ってみた。闇の中で響かなくて結構。
 もっと芝居を作りたかった。会社の上場も見たかったし、鼻にピアスをした社員の成長も願っていたかった……。やめよう、未練が残る。伊藤はもうそれ以上何も言わなかった。
 あっ!伊藤は一つ大事なことを忘れていた。女……。
 最後に会いたい女はいったい誰なのだろうか? お前は一体誰に会いたいのだ? そう伊藤は自分に問いかけた。
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