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千一夜
第26章 第四夜 線状降水帯  ➉
「お前どうしてここにいるんだ?」
 伊藤は目の前に現れた女の顔に向かってそう言った。
「……」
 女の顔には生気といものが全くない。目は見開いたまま動かず、口もまた何かを語ることはなかった。
「おい、何とか言え!」
 伊藤ははっとした。光に囲まれた世界では自分の声が音となって聴こえる。
「……」
 女の表情は変わらない。死顔にじっと見られてるようで伊藤は気分が悪くなってきた。
「お前も闇の世界にいたのか? まさか僕に付いてきたわけじゃないよな?」
「……」
 生命を宿していない顔には色がなかった。伊藤はぞっとした。この女はもう死んでいる。伊藤はそう思った。
「お前も僕も妙な世界に落とされてしまったんだな。僕もやがてお前のようになるのだろう。運命……か。ならば従うしかないな」
「……」
 伊藤は女に同情した。そして間違いなく自分もこの女と同じになる。
「いい人生だった。ありがとう」
 伊藤はそう言って目を瞑った。目を瞑ると女の顔が消えた。やはりここは闇の世界とは異なる。意識がどれくらい持つのかわからないが、光の中なら最期の瞬間を待つのも怖くない。
 伊藤は覚悟した。神仏など信じたことのない伊藤だったが、心を穏やかにすることに伊藤は集中した。
 長い空白。
 あれ? どうしてあの女が自分の最期の瞬間(伊藤はそう確信している)に現れたのだろうか。女との接点はほとんどないに等しい。女を口説いた記憶もなければ、もちろん寝たこともない。気になる女だったが、女と交わりたいと思ったことは一度もない。 
 確かに女の後ろにいる香苗は怖い存在だった。でもどうしても今目の前に現れた女と寝たかったら、たとえ香苗の怒りをかっても女と関係を持ったはずだ。
 伊藤は目を開けた。そして能面のような表情の女にこう言った。
「違う。お前じゃない」
 光の中で伊藤の声は響いた。すると……。
 女の頬が微かに動いたのだ。その動きは顔全体に広がっていった。そして生気を失っていた顔に生命の色が宿り始めた。
 伊藤は目を丸くしてその様子を見ていた。女が生き返った。硬かった女の表情に柔らかさが甦っていった。女の目の焦点が何かを捉えようとし始めた。女の目と伊藤の目が合った。女が伊藤を認めると、女はにこりと笑った。
 女の口が微かに動いた。
「パパ」
 沢井ゆかりは伊藤にそう言った。
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