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千一夜
第27章 第四夜 線状降水帯 ⑪

闇の世界で男は泣く。そしてここで男は気付く。自分の泣き声が聞こえない。男は試しに「助けてくれ」と言ってみる。やはり男の声は闇の世界で響かない。
舞台ではここから役者による無音の芝居が一分続く。伊藤は役者に対してこう指示した。身振り手振りだけで本当の人生を表してくれ。それが絶望であってもいい。苦悩でも構わない。もちろん歓びの人生を表現することだってできる。
「一分で己の人生を見せろ」
伊藤は三人の俳優に向かってそう言ったのだ。
伊藤は自分が選んだ三人の役者と青蛙の声を担当する三人の声優に同じ台詞が書かれている台本を渡した。
つまりこういうことだ。札幌の舞台でAという役者とBという声優が芝居をしているとき、東京ではCとDが、そして大阪ではEという役者とFという声優が同じ芝居をする。役者と声優の二人芝居。舞台演劇の世界では稀な試みであり挑戦であった。
舞台は大成功。追加公演のチケットも即完売、伊藤の作った芝居の噂は海外まで流れていったのだ。
球形を模した舞台の中に演者が一人。青蛙が登場するシーンでは、口だけ動く青蛙のパネルが舞台の真ん中に現れる。そして青蛙の台詞は舞台の左端に置かれた椅子に座って声優が朗読した。声優が演じているときは青蛙と声優にスポットライトが当たる。
一人として同じ人生を歩んでいる者はない。一言一句違わない台本を持った三人の役者と同じく三人の声優もまた同じではない。
伊藤の目論見は成功した。無音と言う世にも奇妙な台詞。三人の役者は、見事に己の人生を一分間音のない世界で演じたのだ。もちろん青蛙の声を担当した三人の声優もまた自分の声でパネルの青蛙に命を吹き込んだ。
しかし、突然闇の世界が光の世界に変わる。光に拾われた男は驚いた。そして男は光がある世界で生きていくことに歓喜する。光の世界は望むものがすべて手に入る世界だった。悩むことがない。苦しむこともない。だから涙を流すこともなかった。不平不満、妬みや嫉み。差別も怒りもない平和と言う言葉がぴたりとあてはまる世界だった。
ある夜、男が寝ると男は夢を見た。夢の中ではあの闇の世界の番人である青い蛙が男を待っていた。青蛙は男にこう訊ねる。
「なぁ楽しいか?」
「……」
男は自分が本当に行きたい世界で目を覚ました。
舞台ではここから役者による無音の芝居が一分続く。伊藤は役者に対してこう指示した。身振り手振りだけで本当の人生を表してくれ。それが絶望であってもいい。苦悩でも構わない。もちろん歓びの人生を表現することだってできる。
「一分で己の人生を見せろ」
伊藤は三人の俳優に向かってそう言ったのだ。
伊藤は自分が選んだ三人の役者と青蛙の声を担当する三人の声優に同じ台詞が書かれている台本を渡した。
つまりこういうことだ。札幌の舞台でAという役者とBという声優が芝居をしているとき、東京ではCとDが、そして大阪ではEという役者とFという声優が同じ芝居をする。役者と声優の二人芝居。舞台演劇の世界では稀な試みであり挑戦であった。
舞台は大成功。追加公演のチケットも即完売、伊藤の作った芝居の噂は海外まで流れていったのだ。
球形を模した舞台の中に演者が一人。青蛙が登場するシーンでは、口だけ動く青蛙のパネルが舞台の真ん中に現れる。そして青蛙の台詞は舞台の左端に置かれた椅子に座って声優が朗読した。声優が演じているときは青蛙と声優にスポットライトが当たる。
一人として同じ人生を歩んでいる者はない。一言一句違わない台本を持った三人の役者と同じく三人の声優もまた同じではない。
伊藤の目論見は成功した。無音と言う世にも奇妙な台詞。三人の役者は、見事に己の人生を一分間音のない世界で演じたのだ。もちろん青蛙の声を担当した三人の声優もまた自分の声でパネルの青蛙に命を吹き込んだ。
しかし、突然闇の世界が光の世界に変わる。光に拾われた男は驚いた。そして男は光がある世界で生きていくことに歓喜する。光の世界は望むものがすべて手に入る世界だった。悩むことがない。苦しむこともない。だから涙を流すこともなかった。不平不満、妬みや嫉み。差別も怒りもない平和と言う言葉がぴたりとあてはまる世界だった。
ある夜、男が寝ると男は夢を見た。夢の中ではあの闇の世界の番人である青い蛙が男を待っていた。青蛙は男にこう訊ねる。
「なぁ楽しいか?」
「……」
男は自分が本当に行きたい世界で目を覚ました。

