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千一夜
第28章 第五夜 線状降水帯Ⅱ  ①
 黒瀬ユアが言っていることに間違いはない。伊藤はどんな仕事でも完璧を目指している。特にあの舞台は自分が経験してきた世界の物語だ。それだけに伊藤はいつもよりも細かなことに気を配った。
 闇の世界と光の世界の大まかな舞台は、伊藤の頭の中で出来上がっていた。役者も選んだ。ユアがいうように自分の歳に近い三人の役者。三人の個性を生かす演出は自分にしかできない。伊藤にはその自信があった。なぜなら自分は闇と光を知っている。だから伊藤は衣装にも小物にもこだわったのだ。
 伊藤が希を連れて横浜の街を歩いているときだった。アンティーク時計店のショーウィンドウに飾られていた時計に伊藤の目は釘付けになった。
 丸形で白い文字盤の中の目盛りはバーインデックス。時針と分針はドルフィン針。デイト機能はなかったが、バランスが良くとてもきれいな顔をしてる時計だと伊藤は思った。シンプルかつ品のある腕時計。
 その時計はこう言って伊藤を呼び止めたのだ。
「あんた、俺を見逃すようなバカじゃないよな」
 紳士用の時計が突然投げかけてきた言葉に伊藤はドキリとした。その店に入り、自分に言葉を掛けてた時計を間近で見た。
 アンティーク時計店の店主は、伊藤より年上のセイコーロードマーベルの話を始めた。この時計こそが日本の機械式時計の礎であると言っても過言ではないと、店主は伊藤に熱く語った。
 スイスの時計に憧れ、そして学び、必死になって王者に挑み続けた日本の時計職人らの技術の結晶だと店主は続けた。
 それから裏蓋を外し伊藤にケースの中を見せた。いい顔をしている時計はケースの中も美しい。そしてケースの中の部品がすべてオリジナルのまま残っている時計だと言うこと伊藤に説明した。
 店主がロードマーベルのゼンマイを巻いた。伊藤がそれを店主から受け取ると、右の耳に当て古いセイコーの腕時計の鼓動を聴いた。1970年代に作られたロードマーベルはカチカチと力強く時を刻んでいた。その音が伊藤の心を震わせた。この時計を役者の手首にまく。
 闇と光の世界にスマート時計なんておかしい。本当のスマート時計は時間だけを知らせてくれる。闇と光の世界に時計すら必要ないかもしれない。ただ音のない世界でも音のある世界でも、時間は必ずあるはずだ、
 もちろん伊藤はそのロードマーベル36000を買った。
 
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