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千一夜
第29章 第五夜 線状降水帯Ⅱ ②

「社長に買っていただきたいものはこれです」
ユアはそう言うとバッグから透明なファイルを取り出した。その中に書類が収められている。ユアはそれを伊藤に渡した。
「……」
伊藤はそれを受け取るとファイルから書類を出してそれに目を落とした。
「……」
ユアは伊藤の様子を探る。伊藤が顔をしかめた。
「不動産? 間取りからすると飲食関係かな?」
「はい」
伊藤は五枚あった書類にすべて目を通した。最後の書類にはこの物件が五千万円であることが記されていた。
「これを僕が個人で買うと言うこと?」
「はい」
「いくつか質問していいかな?」
伊藤は書類を透明のファイルの中に戻した。そしてそれをテーブルに置いた。
「どうぞ」
「こういう物件は普通賃貸じゃないの?」
「そうですね。でもこの物件は建物ごと社長に購入していただきたいんです」
「U市だよね。あまり行ったことがないけど、それでもこの価格は安すぎない?」
U市は東京の隣の県にある街だ。
「妥当な金額だと思います。むしろ」
「むしろ高い?」
「はい」
「どうして?」
「オプション付きです」
「なるほど」
オプションはユアなのだろう。
「いかがでしょうか? ご検討いただけますでしょうか?」
「それじゃあはっきり言う。興味がない。僕が旅館のオーナーであることを知っている不動産業者から飲食関係の店をやらないかと勧められることがある。でも僕には飲食をやろうなんて気はさらさらない。六合は大好きだったから買った。あくまで僕の仕事は芝居をつくること。それに不動産の購入となると僕のポケットマネーで支払うことができない。僕の個人資産管理会社が買うということになる。その会社の中に一人うるさいやつがいるんだ」
うるさい奴、それは橘裕子のことだ。
「そのうるさいやつは、僕が何を買うのかいつも監視している。面倒なやつの目を誤魔化すことはできない」
伊藤は本当の事を言った。もし伊藤がユアが勧める物件を買えば、橘裕子はその物件に隠れているユアを探り出すだろう。そしてそれは伊藤をいたぶる際のネタになる。伊藤は女のことで裕子ともめたくない。
黒瀬ユアは伊藤から目をそらさずに黙って伊藤の話を聞いていた。
「ただ」
伊藤はそこで言葉を止めた。
「ただ」
ユアが伊藤の言葉を繰り返す。
「僕は君に五千万払う」
ユアはそう言うとバッグから透明なファイルを取り出した。その中に書類が収められている。ユアはそれを伊藤に渡した。
「……」
伊藤はそれを受け取るとファイルから書類を出してそれに目を落とした。
「……」
ユアは伊藤の様子を探る。伊藤が顔をしかめた。
「不動産? 間取りからすると飲食関係かな?」
「はい」
伊藤は五枚あった書類にすべて目を通した。最後の書類にはこの物件が五千万円であることが記されていた。
「これを僕が個人で買うと言うこと?」
「はい」
「いくつか質問していいかな?」
伊藤は書類を透明のファイルの中に戻した。そしてそれをテーブルに置いた。
「どうぞ」
「こういう物件は普通賃貸じゃないの?」
「そうですね。でもこの物件は建物ごと社長に購入していただきたいんです」
「U市だよね。あまり行ったことがないけど、それでもこの価格は安すぎない?」
U市は東京の隣の県にある街だ。
「妥当な金額だと思います。むしろ」
「むしろ高い?」
「はい」
「どうして?」
「オプション付きです」
「なるほど」
オプションはユアなのだろう。
「いかがでしょうか? ご検討いただけますでしょうか?」
「それじゃあはっきり言う。興味がない。僕が旅館のオーナーであることを知っている不動産業者から飲食関係の店をやらないかと勧められることがある。でも僕には飲食をやろうなんて気はさらさらない。六合は大好きだったから買った。あくまで僕の仕事は芝居をつくること。それに不動産の購入となると僕のポケットマネーで支払うことができない。僕の個人資産管理会社が買うということになる。その会社の中に一人うるさいやつがいるんだ」
うるさい奴、それは橘裕子のことだ。
「そのうるさいやつは、僕が何を買うのかいつも監視している。面倒なやつの目を誤魔化すことはできない」
伊藤は本当の事を言った。もし伊藤がユアが勧める物件を買えば、橘裕子はその物件に隠れているユアを探り出すだろう。そしてそれは伊藤をいたぶる際のネタになる。伊藤は女のことで裕子ともめたくない。
黒瀬ユアは伊藤から目をそらさずに黙って伊藤の話を聞いていた。
「ただ」
伊藤はそこで言葉を止めた。
「ただ」
ユアが伊藤の言葉を繰り返す。
「僕は君に五千万払う」

