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千一夜
第29章 第五夜 線状降水帯Ⅱ  ②
 透明なクリアファイルに書類が五枚。それを見て伊藤はそれが本契約前の意味のない前振りに過ぎないということがわかった。自分を買ってくれというユアの言葉こそすべてなのだ。
 黒瀬ユアを自分だけのものにするのに五千万は高くはない。伊藤はそう思った。
「五千万で君を買う。それ以外は必要ない。どうだ?」
「ありがとうございます」
「契約成立ということでいいかな?」
「はい」
「一つだけ教えて欲しいことがある」
「何でしょうか?」
「僕の電話番号はいくらだった?」
 伊藤はユアに自分の電話番号を売った人間に心当たりがあった。
「秘密にしておいてくれと言われたんですが」
「なるほど」
「……」
 ユアは何も言わなかったが、伊藤に右手の指五本を広げて見せた。
「ふん、いい商売だな」
「社長、契約はいつから?」
「今日からでいいか?」
「ふふふ」
 契約の効力が発生した。伊藤がユアに遠慮することなど何もない。普段ならベッドでシャワーを浴びている女を待つのだが、伊藤はそれがもどかしかった。セクシー女優を抱くのは久しぶりだ。だから伊藤はユアを連れてバスルームに行った。本番の前にユアの体を見てそれから触ってたっぷり愉しむ。挿入前の前戯。
 ユアの前に抱いたセクシー女優は最高だった。どうすれば男が悦ぶのかを知っていた。ただ年齢が近いせいなのか、伊藤と女の会話の内容が夫婦のようになっていった。伊藤が求めているのは妻ではなく男を獣にする女だ。
 ユアを知るために(それはもちろん体についてだが)、伊藤はユアのプロフィールだけでなく、ユアが出演しているアダルトビデオを一緒に暮らしている希と二人で見た。
 AVは未成年男子(女子も含む)のマスターベーションのためにだけあるものではない。それは雄と雌が交わり合うときに、部屋に流れている当たり障りのないBGMの代用品になるのだ。
 映像の中の男女の行為は刺激になり、それによって交尾をしようとしている雄と雌の性的な興奮は自ずと高まっていく。
 近頃、伊藤の家のベッドルームで映し出されるビデオは、希が中学生の頃に撮影されたアイドルビデオだ(マニュア向け?)。
 希が同じ年頃の女と二人でふざけ合って、互いの発育途上の体を弄り合うシーンを伊藤は見逃さない。
 伊藤は希にこう訊ねる。
「気持ちよかったか」と。
 伊藤を興奮させる言葉を希は知っている。
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