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千一夜
第30章 第五夜 線状降水帯Ⅱ  ③
「少し誤解があるようだから言っておくけど、僕は誰かを追ったことは一度もない。君が言う小説家は大藪春彦先生のことだと思う。大藪先生の作品は中学生の頃にほぼすべて読んだ。勉強なんてしなくて大藪作品を読みまくった。僕は大藪作品に出てくる主人公の生き方に憧れていた。いつかはいい車に乗りたい。うまい酒を飲んで世界の男たちが羨む女を抱く。あの頃はそんなことを夢見ていたよ。スケベで生意気な中学生だったんだ、僕はね」
「それを伊藤さんは実現した?」
「話は最後まで聞いた方がいい」
「ごめんなさい」
「僕の書いた小説がOH賞の候補になったとき、僕はどんなことをしてもそれを手に入れたくなった。A賞を取れなかったことなんて僕にはどうでもいいことだった。OH賞は喉から手が出るくらいに欲しかったんだ。恥ずかしいが、発表前日は寝れなかったよ。想像できるか? いい歳のおっさんが眠れないんだぜ。でも憧れはどこまでいっても憧れのままだ。確かに大藪先生から影響は受けた。でも追いかけようと考えたことは一度もない。僕には大藪先生の背中なんて見えないんだ。偉大な作家が霧の中にぽつんと一人で立っている。風はどこからも吹かない。だから霧は濃くなっていく……僕には何も見えない。凡人なんだよ、僕はね」
「凡人? 伊藤さんが?」
「そう、僕には残念ながら才能なんてない」
「……」
 今ユアは伊藤の胸の中で伊藤の話を聞いている。伊藤の心臓の音が優しくユアの耳に届いた。てっぺんをとった男の心音。寂しさをまとった鼓動。
「ドラマも映画もそして舞台も作った。僕はその過程で何度も挫折しそうになった。いや、挫折したんだ」
「伊藤さんでも挫折するんですか?」
「言っただろ、僕は凡人だ。数えきれないくらい僕は負けたよ。負けて、それからまた負けて。惨めで辛くて……とにかく苦しかった」
「……」
 伊藤はどんなことで挫折をしたのだろう。おそらくそれは仕事の中での挫折だ。伊藤が女で挫折するはずはない。ユアにはそれがわかった。

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