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千一夜
第30章 第五夜 線状降水帯Ⅱ ③

ユアが松原から伊藤の電話番号を買ったとき、松原はユアにいくつかアドバイスをした。
松原はユアにこう言った。
「伊藤が書いた小説を読め。一冊だけではだめだ、少なくとも三冊以上読んでおいた方がいい。伊藤の小説を読むということは伊藤の心の中を知ることになる。それから伊藤が作った映画や舞台を見るときは、役者の表情だけでなく、役者の手足の先までじっくり見ろ。そして台詞の一つ一つを吟味して観劇しろ。伊藤がどういう仕事をしているのか、そこまで見ないとわからない。
もちろんネットや雑誌なんかを見て伊藤の情報をつかんでおくことも大切だ。ただ、こういうご時世だ。その中にはガセも含まれていることがあるから気をつけろ。ガセネタは良くも悪くも君の心をミスリードしていく。
最後に言っておく。伊藤に嘘は通じない。伊藤は本物を見分ける。どんなものでもどんな人間でも、伊藤は偽物が大嫌いだ。覚えておいて損はしない。君の幸運を祈るよ」
松原のアドバイスにユアは感謝した。伊藤は松原の言うとおりの人間だった。
伊藤と一緒にいて息苦しさを感じない。伊藤は金にものを言わせて相手をねじ伏せるようなような真似はしないし、金持ちであることをことさらひけらかすような男ではない。まぁ女好きなところだけはいただけないが、英雄は色を好むものだ。伊藤に何人女がいるのかわからないが、その中に入ることはユアにはとても重要なことだ。
ある雑誌のインタビューで伊藤はこう語っていた。
「世の中には結婚していい男と結婚してはいけない男がいる」
結婚できるかどうかは別として、一人の女だけでは満足できないとわかったとき、伊藤は後者を選んだのだとユアは思った。
「どうかしたのか?」
「伊藤さんに質問していいですか?」
「構わない。何でも訊ねてくれ」
「伊藤さんは、嫌いな役者さんとかいますか?」
「いるよ」
「例えば伊藤さんの映画や舞台では、伊藤さんの嫌いな役者さんは出演できないのですか?」
「ふん。顔も見たくない役者でも僕は使う。じゃあなぜ使うのか? そいつのためじゃない。僕の映画と舞台のためだ」
「……」
「じゃあどういう役者が嫌いなのか。僕の嫌いな役者には共通点が一つだけある」
「その一つって何ですか?」
「何もしていないのに腹の底が透けて見えるやつだ」
松原はユアにこう言った。
「伊藤が書いた小説を読め。一冊だけではだめだ、少なくとも三冊以上読んでおいた方がいい。伊藤の小説を読むということは伊藤の心の中を知ることになる。それから伊藤が作った映画や舞台を見るときは、役者の表情だけでなく、役者の手足の先までじっくり見ろ。そして台詞の一つ一つを吟味して観劇しろ。伊藤がどういう仕事をしているのか、そこまで見ないとわからない。
もちろんネットや雑誌なんかを見て伊藤の情報をつかんでおくことも大切だ。ただ、こういうご時世だ。その中にはガセも含まれていることがあるから気をつけろ。ガセネタは良くも悪くも君の心をミスリードしていく。
最後に言っておく。伊藤に嘘は通じない。伊藤は本物を見分ける。どんなものでもどんな人間でも、伊藤は偽物が大嫌いだ。覚えておいて損はしない。君の幸運を祈るよ」
松原のアドバイスにユアは感謝した。伊藤は松原の言うとおりの人間だった。
伊藤と一緒にいて息苦しさを感じない。伊藤は金にものを言わせて相手をねじ伏せるようなような真似はしないし、金持ちであることをことさらひけらかすような男ではない。まぁ女好きなところだけはいただけないが、英雄は色を好むものだ。伊藤に何人女がいるのかわからないが、その中に入ることはユアにはとても重要なことだ。
ある雑誌のインタビューで伊藤はこう語っていた。
「世の中には結婚していい男と結婚してはいけない男がいる」
結婚できるかどうかは別として、一人の女だけでは満足できないとわかったとき、伊藤は後者を選んだのだとユアは思った。
「どうかしたのか?」
「伊藤さんに質問していいですか?」
「構わない。何でも訊ねてくれ」
「伊藤さんは、嫌いな役者さんとかいますか?」
「いるよ」
「例えば伊藤さんの映画や舞台では、伊藤さんの嫌いな役者さんは出演できないのですか?」
「ふん。顔も見たくない役者でも僕は使う。じゃあなぜ使うのか? そいつのためじゃない。僕の映画と舞台のためだ」
「……」
「じゃあどういう役者が嫌いなのか。僕の嫌いな役者には共通点が一つだけある」
「その一つって何ですか?」
「何もしていないのに腹の底が透けて見えるやつだ」

