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千一夜
第31章 第五夜 線状降水帯Ⅱ  ④
「……」
 伊藤はユアの話を待った。
「五日目の夜、用意された衣装を着るように彼女は男から言われました。用意されたのは薄いブルーのワンピース、なぜかベージュのバックも持たされたそうです。日本の女子大生やOLをイメージしたのではないでしょうか」
「清楚な女子大生か……。で、異変は?」
「カメラを回すのは彼女を買った男だということに彼女は気付いたそうです」
「つまり男優は別にいるということ?」
「そうなりますね」
「そこが契約の内容に書かれていなかった。書かれていたとしても英語でよくわからず契約書にサインしたわけか」
「ふふふ」
「どうした?」
「伊藤さん、それで済むと思いますか?」
「済まなかったのか?」
「だから闇の話になるんです」
「……」
 伊藤はユアに問いかけるの止めた。というより先の話が気になって言葉が出なかったのだ。
「十分、十五分、時間が経っても撮影が始まりません。衣装を着た彼女はベッドの上でお嬢様座りをして待っていたそうです」
「男優が来ない?」
「そうです。男優さんがなかなかやって来ない。彼女を買った男もイライラし始めて何度か携帯で電話していたようです。もちろん向こうの言葉なので彼女は全くわかりません」
「遅刻をする男優なんているのか?」
「日本の現場では、立場的にセクシー女優が男優さんより上になるんで、男優さんが時間に遅れてくるなんてことはあまりないことです。遅れるとか、ないしは撮影をすっぽかして逃げるのはセクシー女優の方ですね」
「君は逃げたことがあるか?」
「はっきり言います。私は一度も撮影から逃げたことはありません」
「それはそれは立派なことだ、痛っ!」
 ユアが伊藤の肉棒を強く握った。
「伊藤さんのおちんちん、人質ですから」
「了解……それで?」
「そのとき彼女は、撮影が流れればいいのにと思ったそうです。日本であればあらかじめ男優さんが誰なのかがわかります。でも初めて行った国で、いきなりアダルトビデオの撮影がされることがわかって、彼女の心の中はもう不安でいっぱいだったと思います。それに海外での撮影ですから男優さんを日本から呼ぶなんてことはしないでしょうし、だから男優さんは向こうの人になりますよね」
「だろうな」
「でもそんな淡い彼女の期待は、部屋のチャイムが鳴らされたことで消えてしまいました」
「男優登場か」
「はい」
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