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千一夜
第31章 第五夜 線状降水帯Ⅱ ④

「どんな感じの男優だったんだ?」
「ふふふ。伊藤さん、慌てちゃいけませんよ」
「悪かった」
「チャイムが鳴って彼女を買った男は、男優を迎えに部屋の入り口に向かいました。ところがなかなか彼女を買った男も男優もベッドルームに現れません。静寂がしばらく続いたそうです。この時点で彼女は男優が現れないで欲しいという願望を捨てました。男優は必ずやって来る、そう言う予感が彼女にはあったみたいです。願うことはただ一つ、撮影が早く終わることです。言葉は悪くなりますが、彼女はさっさと終われと思っていたようです」
「さっさと終われ……か」
映像を作る側にいる伊藤には、ユアが言った言葉をそのまま受け入れることはできない。いいものを客に見せるためには何度も撮り直すことがある。そうなれば予定された撮影時間を過ぎてしまうことなんて、現場では当たり前のことだ。
出演する側にさっさと終われなんて思っているやつが一人でもいたら、伊藤はその役者を絶対に許さないし、伊藤は二度とその役者を自分の現場に呼ぶことをしないだろう。これは作品に対する信念の問題だ。信念がない監督は舐められる。
アダルトビデオの世界にだって脚本家や演出家、そしてカメラマンと監督がいるはずだ。プロの仕事をしたいのなら妥協するなんてあり得ない。伊藤はそう思った。
「覚悟を決めたんですから、早く男優さんに来て欲しい。これは彼女の本心です」
「わかるよ」
「すると静寂が消えて、スイートルームの中に妙な音が響いてきたそうなんです」
「妙な音? 妙な音ってどんな音だ?」
「彼女はこう言ってました。金属が接触するような音、あるいは陶器が軽くぶつかるような音」
「金属と陶器……?」
「だから彼女はルームサービスが運ばれてきたのではないかと思ったそうです」
「バカなことを言う男だと思ってもらって構わないが、撮影の前に食事?」
「ふふふ」
「おい、笑って誤魔化すなよ」
「確かに日本の現場でも撮影をする前に食事をすることはありますよ。でも撮影直前に食事するなんて聞いたことがありません」
「だよな。撮影直前に食事を出すバカなアシスタントはいないわな」
伊藤は自分の現場を振り返った。
「音はだんだん大きくなっていきました。そしてその音に比例して彼女の不安も大きくなっていったのです。ベッドルームの扉が開いたとき、彼女は心臓が止まるかと思ったそうです」
「ふふふ。伊藤さん、慌てちゃいけませんよ」
「悪かった」
「チャイムが鳴って彼女を買った男は、男優を迎えに部屋の入り口に向かいました。ところがなかなか彼女を買った男も男優もベッドルームに現れません。静寂がしばらく続いたそうです。この時点で彼女は男優が現れないで欲しいという願望を捨てました。男優は必ずやって来る、そう言う予感が彼女にはあったみたいです。願うことはただ一つ、撮影が早く終わることです。言葉は悪くなりますが、彼女はさっさと終われと思っていたようです」
「さっさと終われ……か」
映像を作る側にいる伊藤には、ユアが言った言葉をそのまま受け入れることはできない。いいものを客に見せるためには何度も撮り直すことがある。そうなれば予定された撮影時間を過ぎてしまうことなんて、現場では当たり前のことだ。
出演する側にさっさと終われなんて思っているやつが一人でもいたら、伊藤はその役者を絶対に許さないし、伊藤は二度とその役者を自分の現場に呼ぶことをしないだろう。これは作品に対する信念の問題だ。信念がない監督は舐められる。
アダルトビデオの世界にだって脚本家や演出家、そしてカメラマンと監督がいるはずだ。プロの仕事をしたいのなら妥協するなんてあり得ない。伊藤はそう思った。
「覚悟を決めたんですから、早く男優さんに来て欲しい。これは彼女の本心です」
「わかるよ」
「すると静寂が消えて、スイートルームの中に妙な音が響いてきたそうなんです」
「妙な音? 妙な音ってどんな音だ?」
「彼女はこう言ってました。金属が接触するような音、あるいは陶器が軽くぶつかるような音」
「金属と陶器……?」
「だから彼女はルームサービスが運ばれてきたのではないかと思ったそうです」
「バカなことを言う男だと思ってもらって構わないが、撮影の前に食事?」
「ふふふ」
「おい、笑って誤魔化すなよ」
「確かに日本の現場でも撮影をする前に食事をすることはありますよ。でも撮影直前に食事するなんて聞いたことがありません」
「だよな。撮影直前に食事を出すバカなアシスタントはいないわな」
伊藤は自分の現場を振り返った。
「音はだんだん大きくなっていきました。そしてその音に比例して彼女の不安も大きくなっていったのです。ベッドルームの扉が開いたとき、彼女は心臓が止まるかと思ったそうです」

