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千一夜
第32章 第五夜 線状降水帯Ⅱ  ⑤
「もうゴールしたいよ。橘だから言う、僕を降ろしてくれとね」
「ダメ!そんなこと絶対に許さないわ」
「土下座して頼んでもダメか?」
「男の土下座に何の意味があるの? 謝れば済むことじゃないわよ。伊藤君が今逃げ出すことなんかできないから」
「ふぅ」
 伊藤は心の中にある重い空気を吐き出した。会社のトップがみなその地位にしがみつこうとしているわけではない。誰よりも早くリタイヤして自分の人生を楽しむ経営者も多くいる。
「伊藤君がへこんだの、高校時代にも一度あったわよ」
「何だよそれ?」
「伊藤君が自分の部屋のように過ごしていた生徒会室で、いつものように伊藤君がレコードを聴いていたの」
「自分の部屋か」
「黙って聞きなさい」
「了解だ副会長」
「生徒会室で伊藤君と二人になるために私は福会長になったわ。でも伊藤君はレコードに夢中で私のことなんか全然気にしていない。ある日、レコードを聴いていた伊藤君が突然私にこう訊ねたのよ『橘、このオープニングって反則だよな』覚えてる?」
「いや」
「そのとき伊藤君が聴いていた曲はcreameのWhite Room」
「White Roomか」
 伊藤の頭の中でジンジャー・ベイカーのドラムが響いた。
「それから伊藤君は私にあることを頼んだの?」
「頼んだ……」
「思い出して」
「……」
 伊藤は生徒会室で聴いたWhite Roomを記憶のジュークボックスから取り出した。
「……」
 裕子はじっと待つ。
「あのとき。僕はこう言ったはずだ『橘、僕の訳間違ってないか?』。そうだよな? それから僕が訳を書いたレポート用紙をお前に渡したんだ」
「そう。White Roomの英語の歌詞を伊藤君が日本語に訳したの。私はそれを家に持ち帰って徹底的に見直してみたわ。訳だけでなく、creameについても、そしてメンバーのジャック・ブルースやエリック・クラプトン、そしてジンジャー・ベイカーについても調べたのよ。今みたいにスマホなんてない時代だからすべてを調べ上げるのに一週間かかったわ」
「面倒なことさせてしまったな」
「いいえ、伊藤君に感謝したいくらいよ。英語という言語について私に不足しているものがわかったし、何よりWhite Roomが好きになったんですもの」
「思い出したよ。お前のことを世界一嫌な奴だと思った瞬間だ」
「ふふふ」
「でも僕は橘に感謝している」
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