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千一夜
第32章 第五夜 線状降水帯Ⅱ ⑤

「私は伊藤君にこう言ったの『何だかかほっとしたわ、伊藤君が凡才で。伊藤君は天才でも何でもないのね。ねぇ、Wihite Roomの詩は詩人のピート・ブラウンが作ったのよ。伊藤君の訳じゃピート・ブラウンが想像した色や空気が全然見えないのよ。それともわざとこんな風に訳したの? 最低最悪の訳詞よ。でも伊藤君安心して、英語の先生だけは誤魔化せるから』覚えてる?」
「ふん。お前は僕を地獄に落としたんだ。後にも先にも僕を奈落の底に落とした女はお前だけだ。だが、お前の言葉で目が覚めた」
「翌日伊藤君は訳し直したのを私に見せてこう言ったわ『凡才がもう一度訳してみた。読んで感想を聞かせてくれ』」
「おい、全部思い出したぞ。僕のやり直した訳詞の感想をまだ聞いてなかったんだ。訳を書いたレポート用紙なんてもうないだろ?」
「ふふふ、大好きな人のものを捨てる女なんてこの世にいないわ。伊藤君が訳したピート・ブラウンの詩。今でも私の宝物なの。返さなくていいわよね?」
「今聞かせてくれるか? 僕の訳詞はどうだった?」
「私が愛した伊藤君はやっぱり天才だったわ」
「ざまぁみろだ」
「何よその言い方、失礼ね」
「なぁ、橘」
「何?」
伊藤は弱音を吐くような男ではない。だが裕子にはわかった。伊藤は迷っている。だから伊藤が道に迷わないように手をしっかり握らなければいけない。伊藤を支えることができる人間は自分だけだ。
「もう僕の心を揺らすロックは聴けないのかもしれない。WhiteRoomを聴いたときは衝撃だったよ。ロックなんて全然知らなかった僕の体が震えたんだぜ。何だか寂しい。僕の感性はもう時代遅れなのかな。それともそんなもの僕にはもともとなかったんだろうか」
「伊藤君、そんな心配なんて必要ないわ。体を震わせる音楽なんてそうそうないものよ。そしてそういう名曲に生涯巡り合えない人だっている。神様は伊藤君にcreamというトリオのロックバンドを教えたの。導いたと言ってもいいかもしれないわ」
「ピート・ブラウンの詩を訳せない凡才を導いてもな」
「ああむかつく。伊藤君のそういうところ直しなさい。伊藤君はずるいわよ」
「ずるい?」
「だってそうじゃない、伊藤君は自分のことを天才だと思っているでしょ。それなのにわざわざ凡才という言葉を使うんですもの」
「僕はお前に凡才と言われたんだ」
「本当に面倒な人、ふふふ」
「ふん。お前は僕を地獄に落としたんだ。後にも先にも僕を奈落の底に落とした女はお前だけだ。だが、お前の言葉で目が覚めた」
「翌日伊藤君は訳し直したのを私に見せてこう言ったわ『凡才がもう一度訳してみた。読んで感想を聞かせてくれ』」
「おい、全部思い出したぞ。僕のやり直した訳詞の感想をまだ聞いてなかったんだ。訳を書いたレポート用紙なんてもうないだろ?」
「ふふふ、大好きな人のものを捨てる女なんてこの世にいないわ。伊藤君が訳したピート・ブラウンの詩。今でも私の宝物なの。返さなくていいわよね?」
「今聞かせてくれるか? 僕の訳詞はどうだった?」
「私が愛した伊藤君はやっぱり天才だったわ」
「ざまぁみろだ」
「何よその言い方、失礼ね」
「なぁ、橘」
「何?」
伊藤は弱音を吐くような男ではない。だが裕子にはわかった。伊藤は迷っている。だから伊藤が道に迷わないように手をしっかり握らなければいけない。伊藤を支えることができる人間は自分だけだ。
「もう僕の心を揺らすロックは聴けないのかもしれない。WhiteRoomを聴いたときは衝撃だったよ。ロックなんて全然知らなかった僕の体が震えたんだぜ。何だか寂しい。僕の感性はもう時代遅れなのかな。それともそんなもの僕にはもともとなかったんだろうか」
「伊藤君、そんな心配なんて必要ないわ。体を震わせる音楽なんてそうそうないものよ。そしてそういう名曲に生涯巡り合えない人だっている。神様は伊藤君にcreamというトリオのロックバンドを教えたの。導いたと言ってもいいかもしれないわ」
「ピート・ブラウンの詩を訳せない凡才を導いてもな」
「ああむかつく。伊藤君のそういうところ直しなさい。伊藤君はずるいわよ」
「ずるい?」
「だってそうじゃない、伊藤君は自分のことを天才だと思っているでしょ。それなのにわざわざ凡才という言葉を使うんですもの」
「僕はお前に凡才と言われたんだ」
「本当に面倒な人、ふふふ」

