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千一夜
第33章 第五夜 線状降水帯Ⅱ ⑥

都内にある高級ホテルの日本料理レストラン。伊藤はそのレストランの個室で招待した役者を待っていた。日本料理を食べたいと言ったのは、その役者のリクエストだ。
伊藤は、六人が腰かけることのできるテーブルの一番ドアに近い席に座っている。伊藤は天井を見上げることも、腕を組むこともしない。ただ、時間を確認するために何度か腕時計に目を落としてはいた。
約束の時間は午後七時。伊藤の腕時計はさっき伊藤に午後七時十五分を過ぎたことを知らせていた。
ホテルには六時半過ぎに到着して、この席に着いたのがそれから十分ほど経っているので、かれこれ伊藤は役者を三十分くらい待っていることになる。もっともそれは伊藤の予想の範囲であって、仮に招待した役者が二時間遅れたとしても伊藤は驚かない。そういう役者を伊藤は今日このレストランに招いたのだ。
伊藤の会社が制作している衛星放送のテレビドラマの制作プロヂューサーから伊藤に連絡が入った。それはある役者のせいで製作が大幅に遅れているというものだった。
テレビドラマにも当たり前だが納期の期限が設けられている。それが守られなかった場合(そんなことはまずないが)、いろいろなペナルティーが制作側に請求される。それと同時に制作側、つまり伊藤の会社の信用が失われることになるのだ。
今回の場合、制作に関わる人間がすべて伊藤の会社の人間だった。
ドラマのキャスティングを見たとき、伊藤は嫌な予感がした。伊藤の目は一人の俳優の名前で止まってしまった。我がままで映画の舞台挨拶ではわざわざマスコミから叩かれるようなことを言ってしまう。最悪だったのは数年前合成麻薬の不法所持で逮捕されてしまい、実刑判決は免れたものの、少し前に執行猶予があけたばかりだったのだ。
嫌な予感がしても伊藤が出演予定の役者の変更を求めることはできない。すでに半分以上撮影が終わっている。役者を降ろして撮り直すなんてことは絶対にできない。だからと言っていい加減な仕事をしてもらってはドラマの質が落ちる。そういう番組しか作れない会社に制作のオファーは届かなくなってしまう。映像制作は伊藤の会社の柱だ。
あのとき伊藤は若手の製作スタッフたちにこう言った「これでいいのか?」と。更に念を押すべきだった。今となってはもう遅いが伊藤は自分を責めた。
ノック無しでドアが開けられた。
伊藤は、六人が腰かけることのできるテーブルの一番ドアに近い席に座っている。伊藤は天井を見上げることも、腕を組むこともしない。ただ、時間を確認するために何度か腕時計に目を落としてはいた。
約束の時間は午後七時。伊藤の腕時計はさっき伊藤に午後七時十五分を過ぎたことを知らせていた。
ホテルには六時半過ぎに到着して、この席に着いたのがそれから十分ほど経っているので、かれこれ伊藤は役者を三十分くらい待っていることになる。もっともそれは伊藤の予想の範囲であって、仮に招待した役者が二時間遅れたとしても伊藤は驚かない。そういう役者を伊藤は今日このレストランに招いたのだ。
伊藤の会社が制作している衛星放送のテレビドラマの制作プロヂューサーから伊藤に連絡が入った。それはある役者のせいで製作が大幅に遅れているというものだった。
テレビドラマにも当たり前だが納期の期限が設けられている。それが守られなかった場合(そんなことはまずないが)、いろいろなペナルティーが制作側に請求される。それと同時に制作側、つまり伊藤の会社の信用が失われることになるのだ。
今回の場合、制作に関わる人間がすべて伊藤の会社の人間だった。
ドラマのキャスティングを見たとき、伊藤は嫌な予感がした。伊藤の目は一人の俳優の名前で止まってしまった。我がままで映画の舞台挨拶ではわざわざマスコミから叩かれるようなことを言ってしまう。最悪だったのは数年前合成麻薬の不法所持で逮捕されてしまい、実刑判決は免れたものの、少し前に執行猶予があけたばかりだったのだ。
嫌な予感がしても伊藤が出演予定の役者の変更を求めることはできない。すでに半分以上撮影が終わっている。役者を降ろして撮り直すなんてことは絶対にできない。だからと言っていい加減な仕事をしてもらってはドラマの質が落ちる。そういう番組しか作れない会社に制作のオファーは届かなくなってしまう。映像制作は伊藤の会社の柱だ。
あのとき伊藤は若手の製作スタッフたちにこう言った「これでいいのか?」と。更に念を押すべきだった。今となってはもう遅いが伊藤は自分を責めた。
ノック無しでドアが開けられた。

