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千一夜
第34章 第六夜 線状降水帯Ⅲ ①

「いい人生だったよ。セインツがスーパーボールで勝ってくれさえすればもう思い残すことはない。バーボンをあおってジャズを聴いて、それから天国で待っているメアリーのところに行くさ」
「だったらじいさんは後百年生きなければならないな」
「あー本当にお前は嫌味な野郎だ。でも神様のお蔭で嫌味なシュンに出会うことができた。そして胸のお大きい裕子にも会えた。孫娘にも少しだけだがお金を残すことができた」
「少しだけ?」
「お前に比べたら雀の涙のような金額だ」
「金額なんてどうでもいいことだ」
「嫌味な金持はそう言う言い方をする。そういえばシュンには一つだけ失望した」
アルバートは大好きなバーボンが入っているグラスにになかなか手を伸ばさない。最近、酒好きのアルバートの酒量が減ってきた。伊藤は、酒と女とセインツ、そしてジャズで生きてきた老人の健康が気になっていた。
「失望? 何だよそれは?」
「孫娘の結婚祝いのプレゼントだ」
「日本旅行のどこに失望したんだ?」
「野球好きのシュンのことだから、孫娘が朝起きたら、玄関前に新車のポルシェが届けられると思っていた。それなのにポルシェのディーラーはまだ玄関のチャイムを鳴らしていない」
「じいさん、本気で言っているのか?」
「ははは、ジョークだよ、ジョーク。ははは」
「くそじじいが」
伊藤はここでFワードを使った。
「ジュリアが言うんだよ。金閣寺は素晴らしかったとな」
ジュリアはアルバートの孫娘の名前。
「楽しんでもらえたら僕も嬉しい」
「そこでシュン、お前にお願いがある」
「何だよ?」
「俺をもう一度金閣寺に連れてってくれ」
「何度でも連れてってやるよ」
「いや、一度でいい、一度でいいんだ。もう一度だけ金閣寺に行ってみたい」
「……」
アルバートの一度という言葉が伊藤の心を重くした。
「ミシマを日本語で読めないことが残念でならない」
「今から日本語を勉強しろよ」
「老いぼれを揶揄うものじゃない。時間は限られている。シュン、それはお前にもだ」
「もちろん」
「シュン、お前は天国を見たことがあるのか?」
「あるよ。ただ、そこが間違いなく天国だったとは言えない。ひょっとしたら地獄だったかもしれないからだ」
「ん……、ははは。シュン、俺をバカにしているのか、ははは」
「僕はじいさんの質問に正直に答えただけだ」
「シュン、お前は天才だ。ははは」
「だったらじいさんは後百年生きなければならないな」
「あー本当にお前は嫌味な野郎だ。でも神様のお蔭で嫌味なシュンに出会うことができた。そして胸のお大きい裕子にも会えた。孫娘にも少しだけだがお金を残すことができた」
「少しだけ?」
「お前に比べたら雀の涙のような金額だ」
「金額なんてどうでもいいことだ」
「嫌味な金持はそう言う言い方をする。そういえばシュンには一つだけ失望した」
アルバートは大好きなバーボンが入っているグラスにになかなか手を伸ばさない。最近、酒好きのアルバートの酒量が減ってきた。伊藤は、酒と女とセインツ、そしてジャズで生きてきた老人の健康が気になっていた。
「失望? 何だよそれは?」
「孫娘の結婚祝いのプレゼントだ」
「日本旅行のどこに失望したんだ?」
「野球好きのシュンのことだから、孫娘が朝起きたら、玄関前に新車のポルシェが届けられると思っていた。それなのにポルシェのディーラーはまだ玄関のチャイムを鳴らしていない」
「じいさん、本気で言っているのか?」
「ははは、ジョークだよ、ジョーク。ははは」
「くそじじいが」
伊藤はここでFワードを使った。
「ジュリアが言うんだよ。金閣寺は素晴らしかったとな」
ジュリアはアルバートの孫娘の名前。
「楽しんでもらえたら僕も嬉しい」
「そこでシュン、お前にお願いがある」
「何だよ?」
「俺をもう一度金閣寺に連れてってくれ」
「何度でも連れてってやるよ」
「いや、一度でいい、一度でいいんだ。もう一度だけ金閣寺に行ってみたい」
「……」
アルバートの一度という言葉が伊藤の心を重くした。
「ミシマを日本語で読めないことが残念でならない」
「今から日本語を勉強しろよ」
「老いぼれを揶揄うものじゃない。時間は限られている。シュン、それはお前にもだ」
「もちろん」
「シュン、お前は天国を見たことがあるのか?」
「あるよ。ただ、そこが間違いなく天国だったとは言えない。ひょっとしたら地獄だったかもしれないからだ」
「ん……、ははは。シュン、俺をバカにしているのか、ははは」
「僕はじいさんの質問に正直に答えただけだ」
「シュン、お前は天才だ。ははは」

