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千一夜
第35章 第六夜 線状降水帯Ⅲ ②

伊藤は英文学会の重鎮などに関わりたくなかった。だから和子の過去の翻訳などを伊藤のスタッフたちが徹底的に調べ上げた。スタッフの意見と感想は裕子に上げられ、その判断(採用か不採用か)は裕子に任された。
「可もなく不可もなく」それが裕子の結論であった。不可がない。だから伊藤が書いた本の翻訳は和子がすることになったのだ。
顔合わせは伊藤の会社で行われた。社長室に和子は自分のゼミの女子学生を一人連れて入って来た。
ブルーのロングワンピースを着て和子は現れた。エルメスの黒のバーキンを手にした和子が「はじめまして」と言って挨拶をしたとき、伊藤の目は和子の足元に釘付けになっていた。ベージュ色のコンバースのローカットを和子は穿いていたのだ。
おしゃれな女だと伊藤は思った。五十二と聞いてはいたが、和子はもっと若く見えた。四十と言ってもその数字を疑う人はいないはずだ。
清楚で教養があり、そしておしゃれ。おまけにセミロングヘアをした和子は美人でスタイルも良かった。
和子を見ながら伊藤の頭の中には別の光景が浮かんでいた。確か和子の夫は七十四だったはずだ。今でも目の前にいる美人を抱いているのだろうか。抱いたとき、七十四のペニスは役にたっているのだろうか。和子を満足させることができているのだろうか、と。
伊藤は腹の中で笑った。今思っていることは、三十年後の自分にも言えることだ。生きていればそのくらいの歳になる。一緒に暮らしている希も歳は取るが伊藤よりはるかに若い。希を抱いたとき肉棒は希の穴に入るのだろうか。
差しさわりのない雑談が数分続いた。するといきなり和子はこう言い出した。
「この歳になって勉強を始めました」
「何を学ばれているのですか?」
伊藤は和子にそう訊ねた。
「これです」
和子はそう言うと、和子の隣に座っている学生が手提げの紙袋から一枚のレコードを出した。学生はそれを伊藤の前に置いた。
Kind of Blue 1959年8月にリリースされたマイルスデイビスの名盤。
「もちろん今でもジャズに関してはド素人ですが、このアルバムには癒されるんです」
「癒される?」
「ジャズの初心者には敷居が高かったでしょうか?」
「いや、ジャズに敷居なんてありませんよ。好きだったら何でも聴けばいいんです」
「ありがとうございます」
それから一月後、伊藤は和子と寝た。
「可もなく不可もなく」それが裕子の結論であった。不可がない。だから伊藤が書いた本の翻訳は和子がすることになったのだ。
顔合わせは伊藤の会社で行われた。社長室に和子は自分のゼミの女子学生を一人連れて入って来た。
ブルーのロングワンピースを着て和子は現れた。エルメスの黒のバーキンを手にした和子が「はじめまして」と言って挨拶をしたとき、伊藤の目は和子の足元に釘付けになっていた。ベージュ色のコンバースのローカットを和子は穿いていたのだ。
おしゃれな女だと伊藤は思った。五十二と聞いてはいたが、和子はもっと若く見えた。四十と言ってもその数字を疑う人はいないはずだ。
清楚で教養があり、そしておしゃれ。おまけにセミロングヘアをした和子は美人でスタイルも良かった。
和子を見ながら伊藤の頭の中には別の光景が浮かんでいた。確か和子の夫は七十四だったはずだ。今でも目の前にいる美人を抱いているのだろうか。抱いたとき、七十四のペニスは役にたっているのだろうか。和子を満足させることができているのだろうか、と。
伊藤は腹の中で笑った。今思っていることは、三十年後の自分にも言えることだ。生きていればそのくらいの歳になる。一緒に暮らしている希も歳は取るが伊藤よりはるかに若い。希を抱いたとき肉棒は希の穴に入るのだろうか。
差しさわりのない雑談が数分続いた。するといきなり和子はこう言い出した。
「この歳になって勉強を始めました」
「何を学ばれているのですか?」
伊藤は和子にそう訊ねた。
「これです」
和子はそう言うと、和子の隣に座っている学生が手提げの紙袋から一枚のレコードを出した。学生はそれを伊藤の前に置いた。
Kind of Blue 1959年8月にリリースされたマイルスデイビスの名盤。
「もちろん今でもジャズに関してはド素人ですが、このアルバムには癒されるんです」
「癒される?」
「ジャズの初心者には敷居が高かったでしょうか?」
「いや、ジャズに敷居なんてありませんよ。好きだったら何でも聴けばいいんです」
「ありがとうございます」
それから一月後、伊藤は和子と寝た。

