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千一夜
第35章 第六夜 線状降水帯Ⅲ ②

伊藤はバックヘッドにある家で和子と紗耶香を待っていた。時間は夕方の五時。そろそろ二人を乗せた車が到着する頃だ。
リビングルームにノートパソコンを持ち込んで、伊藤はオスカーピーターソンのBlue Moonを聴きながらメールをチェックしていた。アトランタに来ても仕事は追いかけてくる。目を通すだけでも数十分、伊藤はうんざりしていた。
「金持になっても高い酒なんて飲むんじゃないぞ。安酒が一番だ」アルバートはいつも伊藤にそう言っていた。だからというわけではないが、アメリカでは敢えて伊藤は安い酒を飲む。
ウイスキーグラスに伊藤は二杯目のバーボンを注いだ。「バーボンはストレートで飲め」これもアルバートから教わった。
家のチャイムが鳴った。伊藤がいるリビングに和子、そして紗耶香の順番で入って来た。
「楽しかったわ、アトランタは初めてなの。こんなに素敵な街だなんて知らなかったわ」
和子はそう言った。
「あの」
紗耶香が続いた。
「何だ?」
伊藤は紗耶香の顔を見て訊ねた。
「家の中見てもいいですか?」
「構わない。隅から隅まで見て回れ。でも迷ったりするなよ」
「うん……じゃなくて、はい」
ベッドルームが五つ、バスルームが六つある伊藤のアトランタの家の見学を紗耶香は始めた。
「私も頂いていいかしら?」
ソファに腰を下ろすと和子はそう言った。
「どうぞ。ここでは遠慮なんてしないでください。今グラスを用意します」
年上の和子に対して、伊藤は言葉を選ぶ。言葉を選ぶ必要がないのはベッドの中だけ。
持ってきたグラスに伊藤が酒を注いだ。伊藤はそれを和子に渡した。
「ありがとう」
「安い酒です。お口に合わなかったら許してください」
「許さないと言ったら」
「誰かに酒を買ってきてもらうしかないですね」
「いいわよ。今の私にはどんなお酒も一緒だと思うわ」
「……」
「このピアノ誰が弾いているの?」
「オスカーピーターソン」
「悪くないわ」
「……」
伊藤は心の中で「ふん」と言った。
和子は一口バーボンを口に含むと立ち上がり、グラスを持ったまま伊藤の膝の上に座った。
「あのお子ちゃま、ちょっと邪魔なんだけど」
和子は伊藤の耳元でそう言った。
「すぐ寝ますよ。彼氏にも電話しないといけないだろうから」
「よく知っているわね」
「彼女がそう言っていたんです」
「そうなの、ふふふ」
リビングルームにノートパソコンを持ち込んで、伊藤はオスカーピーターソンのBlue Moonを聴きながらメールをチェックしていた。アトランタに来ても仕事は追いかけてくる。目を通すだけでも数十分、伊藤はうんざりしていた。
「金持になっても高い酒なんて飲むんじゃないぞ。安酒が一番だ」アルバートはいつも伊藤にそう言っていた。だからというわけではないが、アメリカでは敢えて伊藤は安い酒を飲む。
ウイスキーグラスに伊藤は二杯目のバーボンを注いだ。「バーボンはストレートで飲め」これもアルバートから教わった。
家のチャイムが鳴った。伊藤がいるリビングに和子、そして紗耶香の順番で入って来た。
「楽しかったわ、アトランタは初めてなの。こんなに素敵な街だなんて知らなかったわ」
和子はそう言った。
「あの」
紗耶香が続いた。
「何だ?」
伊藤は紗耶香の顔を見て訊ねた。
「家の中見てもいいですか?」
「構わない。隅から隅まで見て回れ。でも迷ったりするなよ」
「うん……じゃなくて、はい」
ベッドルームが五つ、バスルームが六つある伊藤のアトランタの家の見学を紗耶香は始めた。
「私も頂いていいかしら?」
ソファに腰を下ろすと和子はそう言った。
「どうぞ。ここでは遠慮なんてしないでください。今グラスを用意します」
年上の和子に対して、伊藤は言葉を選ぶ。言葉を選ぶ必要がないのはベッドの中だけ。
持ってきたグラスに伊藤が酒を注いだ。伊藤はそれを和子に渡した。
「ありがとう」
「安い酒です。お口に合わなかったら許してください」
「許さないと言ったら」
「誰かに酒を買ってきてもらうしかないですね」
「いいわよ。今の私にはどんなお酒も一緒だと思うわ」
「……」
「このピアノ誰が弾いているの?」
「オスカーピーターソン」
「悪くないわ」
「……」
伊藤は心の中で「ふん」と言った。
和子は一口バーボンを口に含むと立ち上がり、グラスを持ったまま伊藤の膝の上に座った。
「あのお子ちゃま、ちょっと邪魔なんだけど」
和子は伊藤の耳元でそう言った。
「すぐ寝ますよ。彼氏にも電話しないといけないだろうから」
「よく知っているわね」
「彼女がそう言っていたんです」
「そうなの、ふふふ」

