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千一夜
第38章 第七夜 訪問者 隠し事について
 その声に私の心はときめいた。大人になった京子の声はしっかりと記憶していてる。
「お腹減ってないか?」
 情けなくなってしまう。四十八にもなってこんな言葉しかでてこないなんて。
「ペコペコです」
 満面の笑みを浮かべて京子はそう言った。
「簡単なものならすぐに作るよ」
「それじゃあ遠慮なくいただきます」
 独身生活が長くなると、自炊が面倒でなくなる。それどころかその時間の長さに比例して手際も徐々によくなっていった。
 私は三年前、郊外に土地を求め平屋建ての小さな家を建てた。二十畳ほどのリビングダイニングに十畳の書斎と六畳の寝室、あとは小さなウォーキングクローゼットとバスとトイレ。
 一人で年老いておく男に大きな家は必要ない。私は今の住まいを気に入っている。
「さぁ上がって」
 そんなに夜が遅いわけではない。京子を家に上げたところで誰かから後ろ指を指されることもないだろう。
「お邪魔します」
 京子は白いスニーカーを脱いで家に上がった。私は京子に来客用のスリッパを出した。
「汚くしてるけどどうぞ」
「探検していいいですか?」
 京子はスリッパを履いて私にそう訊ねた。
「部屋なんていくつもないんだ。探検しても何も出てこないよ」
「亮ちゃん、エッチなDVDとか隠してない?」
「隠していません」
「じゃあ探検してもいいでしょ?」
「勝手にしてくれ」
 そうは言ったが、私は京子の顔を目をそらさずに見る自信がない。三十年ぶりに京子に会った日の夜、私は京子の裸を想像しながらオナニーをした。想像の中で私は京子にキスをして、見たことのない京子の乳房を揉み、京子の陰部に手を伸ばした。射精した後、ティッシュに包まれた自分の精液の量に私は驚いた。
「京子ちゃん、何が食べたい?」
 探検に出かける前の京子に私はそう訊ねた。
「トリコロールのナポリタン」
「あれか……パスタは切らしているかもしれない」
 私の独り言。
 あれ? 切らしていると思ったパスタはちゃんとあった。冷蔵庫の中を覗いてもトリコロールで使っていた食材もある。こんなのいつ買ったんだろう……。
 その疑問とともに、チクリチクリと違和感の塊が細い針になって私の胸を刺した。何かがおかしい。その何かに私は気づくべきなのだが、京子の笑顔が私のもやもやとした気持ちの前に現れる。すると私の違和感がすっと消えてなくなるのだ。
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