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千一夜
第48章 第7夜 訪問者 正体
法相宗大本山薬師寺。私と咲子は南門から境内に入った。
私の方から咲子の手を握った。咲子はそれを拒まなかった。手を繋いだまま薬師寺を見て回る。
陽の光が薄雲を通り抜けようとしているのだが、雲はそれを簡単に許さない。辛うじて抜け出した陽も戸惑いながら宙を彷徨っている。奇跡的に地面に到達できた光は、大飯ぐらいの地球の腹の中に容赦なく飲み込まれた。
「東塔だけが国宝って、西塔が可哀そうだわ」
「それは違う」
「歴史が違うから?」
「東塔は西塔なくして成り立たない。二つの塔は互いに見つめ合っているのさ。東塔は西塔を、西塔は東塔を。俺と咲子のようにね。それに百年後か二百年後、西塔は間違いなくこの国の宝になる」
「ふふふ、亮ちゃん、私に謝罪している?」
「冗談じゃない。俺は咲子に謝らなけれなばらないようなことはしていない」
「そうよね、喧嘩は引き分けで終わらないと」
「樋口さんがいなかったら、俺たち奈良離婚してたかもな」
「奈良離婚? 何よそれ?」
「何でもないよ」
「亮ちゃんのバカ」
「……」
咲子が言った亮ちゃんのバカ、何だかとても心地よく聞こえた。喧嘩することでまた咲子との距離が縮まった。
拝観している観光客は少なくはなかった。修学旅行生(おそらく高校)もいたし外国からの旅行客も見受けられた。ただ、前に進むのに人をよける必要なんてなかったし、見たいものは誰に遠慮することなくじっくり見ることが出来た。ここはまだオーバーツーリズムの弊害を受けていないのかもしれない。
たくさんの人に来てもらいたい。しかしキャパには限界がある。今日本の観光地はこのジレンマに苦しんでいる。
咲子が私の右腕にしがみついてきた。
「おいよせよ、あの高校生たちに冷やかされるぞ」
「いいじゃない冷やかされても」
「恥ずかしくないのか?」
「全然」
「ふん」
「何がふんよ。バカ」
「……」
晩秋の気持ちのいい奈良の空気が鼻孔を通った。
「ねぇ亮ちゃん」
「何?」
「一つ訊いていいかな?」
「どうぞ」
「どうして旅行先を奈良に決めたの?」
「……」
ハッとした。私もそれを咲子の訊ねたかったのだ。
「ねぇ、教えてよ」
「俺じゃない」
「えっ?」
「俺は君が旅行先に奈良を選んだと思っていた。違うのか?」
「私じゃないわ」
「……じゃあ、誰だ?」
私はそう呟いた。
私の方から咲子の手を握った。咲子はそれを拒まなかった。手を繋いだまま薬師寺を見て回る。
陽の光が薄雲を通り抜けようとしているのだが、雲はそれを簡単に許さない。辛うじて抜け出した陽も戸惑いながら宙を彷徨っている。奇跡的に地面に到達できた光は、大飯ぐらいの地球の腹の中に容赦なく飲み込まれた。
「東塔だけが国宝って、西塔が可哀そうだわ」
「それは違う」
「歴史が違うから?」
「東塔は西塔なくして成り立たない。二つの塔は互いに見つめ合っているのさ。東塔は西塔を、西塔は東塔を。俺と咲子のようにね。それに百年後か二百年後、西塔は間違いなくこの国の宝になる」
「ふふふ、亮ちゃん、私に謝罪している?」
「冗談じゃない。俺は咲子に謝らなけれなばらないようなことはしていない」
「そうよね、喧嘩は引き分けで終わらないと」
「樋口さんがいなかったら、俺たち奈良離婚してたかもな」
「奈良離婚? 何よそれ?」
「何でもないよ」
「亮ちゃんのバカ」
「……」
咲子が言った亮ちゃんのバカ、何だかとても心地よく聞こえた。喧嘩することでまた咲子との距離が縮まった。
拝観している観光客は少なくはなかった。修学旅行生(おそらく高校)もいたし外国からの旅行客も見受けられた。ただ、前に進むのに人をよける必要なんてなかったし、見たいものは誰に遠慮することなくじっくり見ることが出来た。ここはまだオーバーツーリズムの弊害を受けていないのかもしれない。
たくさんの人に来てもらいたい。しかしキャパには限界がある。今日本の観光地はこのジレンマに苦しんでいる。
咲子が私の右腕にしがみついてきた。
「おいよせよ、あの高校生たちに冷やかされるぞ」
「いいじゃない冷やかされても」
「恥ずかしくないのか?」
「全然」
「ふん」
「何がふんよ。バカ」
「……」
晩秋の気持ちのいい奈良の空気が鼻孔を通った。
「ねぇ亮ちゃん」
「何?」
「一つ訊いていいかな?」
「どうぞ」
「どうして旅行先を奈良に決めたの?」
「……」
ハッとした。私もそれを咲子の訊ねたかったのだ。
「ねぇ、教えてよ」
「俺じゃない」
「えっ?」
「俺は君が旅行先に奈良を選んだと思っていた。違うのか?」
「私じゃないわ」
「……じゃあ、誰だ?」
私はそう呟いた。

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