この作品は18歳未満閲覧禁止です

- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
千一夜
第48章 第7夜 訪問者 正体
「ははは、そりゃおもろいわ。奥さん、最高でっせ」
「樋口さん、笑い事じゃないですよ」
私は樋口にそう言った。咲子の話で車内の空気が一変したのだ。
薬師寺から唐招提寺を見て回り、それから樋口が勧める店で昼食を取り、今樋口の運転する車は私と咲子が泊る宿に向かっている。
私と咲子の心の中に居座っていたわだかまりはどこかに消えた。車内の雰囲気を変えたのは咲子で、樋口から笑いを取る(そういう意図は咲子にはないと思うが)咲子の話を聞きながら私はこう思った。市長になるべきは私ではなく咲子だと。
「だって主人の父も母もずっと正装なのよ。お義父さんはスーツを着てお義母さんは紫のワンピース。自分の家なのにそんなの着てたら疲れるでしょ」
「そりゃ疲れますな、ははは」
「ご近所の女性たちは毎日割烹着を着てやってくるの。私に台所仕事をさせないためなんですって。私が台所に行こうとすると『お嬢様は居間でお休みください』って言われるのよ」
「あの街では今でも遠山は殿様だと思われているんだ。年寄りの中には、今でも君の家を「遠山様」と呼んでいる人だっているんだ。知っているだろ?」
「知らないわよ、そんなの」
披露宴は内輪だけで済ますはずだった。ところが内輪だけの披露宴の輪が、勝手にどんどん広がっていった。遠山が動けば政治も経済も動く。そこに携わる人間が、遠山の娘の披露宴を知らなかったでは済まされない。そのせいで披露宴会場は大きな会場に変更された。
主役の一人である息子の盛大な披露宴であっても、私の両親は正に借りてきた猫のように会場の隅でじっと固まっていた。私の両親も親戚もこういう集まりには慣れていない。誰かに声を掛けようとしても、披露宴会場には声を掛ける相手がいない。ただただ時間が過ぎてくのを心の中で願っていたに違いない。
遠山高獅が私の両親の前で「うちの娘をよろしく」と頭を下げたとき、私の父と母は、震えながら涙を流した。遠山の家は、私の街では今なお武士の家なのだ。
「ご主人には悪いけど、奥さんはお武家さんのお姫様や。お姫様に家事なんてさせらへん。そりゃ親戚もご近所も集まりますわな」
「違うのよ、樋口さん。私、自分をお姫様だとかお嬢様だと思ったことなんて一度もないわ。それなのに私は主人の家で座っているだけ。もうそんな時代じゃないのに」
「時代が変わっても人の心は簡単には変わらないのさ」
「樋口さん、笑い事じゃないですよ」
私は樋口にそう言った。咲子の話で車内の空気が一変したのだ。
薬師寺から唐招提寺を見て回り、それから樋口が勧める店で昼食を取り、今樋口の運転する車は私と咲子が泊る宿に向かっている。
私と咲子の心の中に居座っていたわだかまりはどこかに消えた。車内の雰囲気を変えたのは咲子で、樋口から笑いを取る(そういう意図は咲子にはないと思うが)咲子の話を聞きながら私はこう思った。市長になるべきは私ではなく咲子だと。
「だって主人の父も母もずっと正装なのよ。お義父さんはスーツを着てお義母さんは紫のワンピース。自分の家なのにそんなの着てたら疲れるでしょ」
「そりゃ疲れますな、ははは」
「ご近所の女性たちは毎日割烹着を着てやってくるの。私に台所仕事をさせないためなんですって。私が台所に行こうとすると『お嬢様は居間でお休みください』って言われるのよ」
「あの街では今でも遠山は殿様だと思われているんだ。年寄りの中には、今でも君の家を「遠山様」と呼んでいる人だっているんだ。知っているだろ?」
「知らないわよ、そんなの」
披露宴は内輪だけで済ますはずだった。ところが内輪だけの披露宴の輪が、勝手にどんどん広がっていった。遠山が動けば政治も経済も動く。そこに携わる人間が、遠山の娘の披露宴を知らなかったでは済まされない。そのせいで披露宴会場は大きな会場に変更された。
主役の一人である息子の盛大な披露宴であっても、私の両親は正に借りてきた猫のように会場の隅でじっと固まっていた。私の両親も親戚もこういう集まりには慣れていない。誰かに声を掛けようとしても、披露宴会場には声を掛ける相手がいない。ただただ時間が過ぎてくのを心の中で願っていたに違いない。
遠山高獅が私の両親の前で「うちの娘をよろしく」と頭を下げたとき、私の父と母は、震えながら涙を流した。遠山の家は、私の街では今なお武士の家なのだ。
「ご主人には悪いけど、奥さんはお武家さんのお姫様や。お姫様に家事なんてさせらへん。そりゃ親戚もご近所も集まりますわな」
「違うのよ、樋口さん。私、自分をお姫様だとかお嬢様だと思ったことなんて一度もないわ。それなのに私は主人の家で座っているだけ。もうそんな時代じゃないのに」
「時代が変わっても人の心は簡単には変わらないのさ」

作品検索
しおりをはさむ
姉妹サイトリンク 開く


