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千一夜
第48章 第7夜 訪問者 正体
私が小学校から高校まで過ごした部屋。その六畳の部屋を今咲子が一人で占領している。もちろん私の両親は、咲子のためにもっと広い部屋を用意していたのだが、どいういうわけか咲子は私の勉強部屋で寝起きする方を選んだ。
大学に進んでから、私は年に一度くらいしか帰省できなかった。そんな私が家に帰ったところですることなど何もない。寝て過ごすだけの自分の部屋。
高校時代の参考書や問題集なんて母親がもうとっくに処分しているものだと思っていたが、親というものは、簡単にそういうものを手放すことができないのかもしれない。
咲子は私の部屋に入り、数学の問題集を取って頁を繰った。そして私にこう言った。「亮ちゃん、よくこんな問題解けたわね」
何十年も前の参考書から放散される本独特の匂いの中で咲子は眠りにつくのだそうだ。「何だかよく眠れるんだけど」私の参考書の匂いは、咲子の睡眠導入剤になった。
私の部屋で寝ているのは咲子一人。私は咲子と結婚したにも関わらず、同じ屋根の下で別々の部屋で休んでいる。
「ははは、そらご主人が可哀そうや、ははは」
憐れんでいるのか、それともこれが関西人ご飯三杯の笑いというものなのか。
「樋口さんね、私が布団に入って目を瞑ると下からお義母さんの声が聞こえてくるの」
私の部屋は二階にある。
「お義母さん、どない言うてたんですか?」
「『お嬢様はもう休んだんだから上に行くんじゃないの、このバカ』そう言って主人を叱っているのよ」
「ははは、ご主人のお母さん最高や。もうお二人結婚してはるのにな、ははは」
「もう笑いが止まらなかったわ。ふふふ」
「今でも奥さん、ご主人の部屋でお一人でお休みですか?」
「もちろん。ふふふ」
「そやったらご主人、はよう市長さんにならんとあかんな。ははは」
「選挙は来月よ、ふふふ」
「来月でっか? そらぁきついな。ははは」
私は咲子と樋口の掛け合いを黙って聞いていた。面白くはないが、かと言って不愉快になることもなかった。
「おっと、そろそろ到着でっせ。それにしてもご主人も奥さんもセンスがよろしいわ。奈良の洞川温泉を選ぶなんてほんまにええ趣味してはる」
樋口のその言葉に私はドキリとした。おそらく咲子も私と同じだったはずだ。奈良の旅も洞川温泉も私たちが計画したのではない。
するとまた樋口が不思議なことを私たちに言ったのだ。
大学に進んでから、私は年に一度くらいしか帰省できなかった。そんな私が家に帰ったところですることなど何もない。寝て過ごすだけの自分の部屋。
高校時代の参考書や問題集なんて母親がもうとっくに処分しているものだと思っていたが、親というものは、簡単にそういうものを手放すことができないのかもしれない。
咲子は私の部屋に入り、数学の問題集を取って頁を繰った。そして私にこう言った。「亮ちゃん、よくこんな問題解けたわね」
何十年も前の参考書から放散される本独特の匂いの中で咲子は眠りにつくのだそうだ。「何だかよく眠れるんだけど」私の参考書の匂いは、咲子の睡眠導入剤になった。
私の部屋で寝ているのは咲子一人。私は咲子と結婚したにも関わらず、同じ屋根の下で別々の部屋で休んでいる。
「ははは、そらご主人が可哀そうや、ははは」
憐れんでいるのか、それともこれが関西人ご飯三杯の笑いというものなのか。
「樋口さんね、私が布団に入って目を瞑ると下からお義母さんの声が聞こえてくるの」
私の部屋は二階にある。
「お義母さん、どない言うてたんですか?」
「『お嬢様はもう休んだんだから上に行くんじゃないの、このバカ』そう言って主人を叱っているのよ」
「ははは、ご主人のお母さん最高や。もうお二人結婚してはるのにな、ははは」
「もう笑いが止まらなかったわ。ふふふ」
「今でも奥さん、ご主人の部屋でお一人でお休みですか?」
「もちろん。ふふふ」
「そやったらご主人、はよう市長さんにならんとあかんな。ははは」
「選挙は来月よ、ふふふ」
「来月でっか? そらぁきついな。ははは」
私は咲子と樋口の掛け合いを黙って聞いていた。面白くはないが、かと言って不愉快になることもなかった。
「おっと、そろそろ到着でっせ。それにしてもご主人も奥さんもセンスがよろしいわ。奈良の洞川温泉を選ぶなんてほんまにええ趣味してはる」
樋口のその言葉に私はドキリとした。おそらく咲子も私と同じだったはずだ。奈良の旅も洞川温泉も私たちが計画したのではない。
するとまた樋口が不思議なことを私たちに言ったのだ。

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