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千一夜
第6章 第二夜 パヴァーヌ ②

学校を終え、私は制服姿のまま新宿から京王線に乗った。明大前駅で下車。初めて降りる駅。主人はおそらく家にいるはず。
私は主人の住所も携帯の番号も知っていた。でも一度も主人の住むアパートを訪ねたことはないし、携帯に電話したこともない。姉への遠慮? 確かにそうかもしれない。いや、そうではない。私は姉が怖かったのだ。
姉がいなくなって数日後、私は主人に電話した。でも主人は私の電話に出ることはなかった。何度電話しても主人は私の電話に出なかった。だから私は主人に会いに行く。壊れそうになっている自分を救ってもらうために。
スマホの画面に映る地図アプリを頼りに、私は主人のアパートに向かった。道を間違えることなく十分ほどで主人のアパートに到着した。白い二階建ての建物、主人は二階の角部屋に住んでいる。階段を上り主人の部屋に向かう。
主人の部屋の前。早川という表札はなかった。その代わりに二〇八号という部屋番号とドアの上にカメラが備え付けられていた。私はカメラに中間テストの順位を記した紙を向け、チャイムを押した。
「誰?」
数秒後、主人の声がした。
「……」
顔を隠し、順位表をカメラに向けたまま私は黙っていた。
「悪戯?」
「ばか健太!」
「飛鳥ちゃん?」
「早く開けてよ、ばか健太!」
ドアが開いた。主人は私の順位表ではなく、私の髪を見て驚いた。
「どうしたのその髪」
私はポニーテールにしていた髪を切った。姉を真似たわけではないがショートヘアにしたのだ。
「うるさい、ばか健太」
私は主人の胸に飛び込んだ。今まで我慢していた涙がこぼれた。私は主人の胸の中で大泣きした。主人が私の背中を摩る。主人の優しさのせいで私の涙は止まらなかった。
ひとしきり泣いた後で、私は主人の部屋に入った。
「何か飲む?」
主人のベッドに座っている私にそう訊ねた。
「いらない、ていうかこの部屋狭いんですけど」
殺風景な部屋だった。デスクに椅子にベッド、そして本棚には隙間なく専門書が収められていた。
「飛鳥ちゃんの家と比べないでよ。それに俺はまだ学生なんだ、バイトしないと食べていけない身だよ」
主人は大学を卒業して大学院に進んだ。
「バイトって家庭教師?」
「そう」
「生徒は女の子?」
「高三の子も中二の子も男子だ」
「よかった」
「何で?」
「だって健太エッチだもん」
「俺が?」
私は主人の住所も携帯の番号も知っていた。でも一度も主人の住むアパートを訪ねたことはないし、携帯に電話したこともない。姉への遠慮? 確かにそうかもしれない。いや、そうではない。私は姉が怖かったのだ。
姉がいなくなって数日後、私は主人に電話した。でも主人は私の電話に出ることはなかった。何度電話しても主人は私の電話に出なかった。だから私は主人に会いに行く。壊れそうになっている自分を救ってもらうために。
スマホの画面に映る地図アプリを頼りに、私は主人のアパートに向かった。道を間違えることなく十分ほどで主人のアパートに到着した。白い二階建ての建物、主人は二階の角部屋に住んでいる。階段を上り主人の部屋に向かう。
主人の部屋の前。早川という表札はなかった。その代わりに二〇八号という部屋番号とドアの上にカメラが備え付けられていた。私はカメラに中間テストの順位を記した紙を向け、チャイムを押した。
「誰?」
数秒後、主人の声がした。
「……」
顔を隠し、順位表をカメラに向けたまま私は黙っていた。
「悪戯?」
「ばか健太!」
「飛鳥ちゃん?」
「早く開けてよ、ばか健太!」
ドアが開いた。主人は私の順位表ではなく、私の髪を見て驚いた。
「どうしたのその髪」
私はポニーテールにしていた髪を切った。姉を真似たわけではないがショートヘアにしたのだ。
「うるさい、ばか健太」
私は主人の胸に飛び込んだ。今まで我慢していた涙がこぼれた。私は主人の胸の中で大泣きした。主人が私の背中を摩る。主人の優しさのせいで私の涙は止まらなかった。
ひとしきり泣いた後で、私は主人の部屋に入った。
「何か飲む?」
主人のベッドに座っている私にそう訊ねた。
「いらない、ていうかこの部屋狭いんですけど」
殺風景な部屋だった。デスクに椅子にベッド、そして本棚には隙間なく専門書が収められていた。
「飛鳥ちゃんの家と比べないでよ。それに俺はまだ学生なんだ、バイトしないと食べていけない身だよ」
主人は大学を卒業して大学院に進んだ。
「バイトって家庭教師?」
「そう」
「生徒は女の子?」
「高三の子も中二の子も男子だ」
「よかった」
「何で?」
「だって健太エッチだもん」
「俺が?」

