この作品は18歳未満閲覧禁止です

- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
千一夜
第51章 第七夜 マスカレード
ナイトテーブルに置いてあるスマホを取りに行く。私がその曲について解説するより、咲子に聴いてもらうのが一番だ。苦しいとき、辛いとき、私を救ってくれた音楽。
「この曲を俺に教えてくれたのはトリコロールのマスターだ」
「じゃあ店内にその曲を流していたとか?」
「全然」
私は首を横に振る。
「どういうこと?」
「マスター曰く『客に自分の趣味を押し付けない』。だから店内にはいつも有線放送が流れていたよ。ときにクラッシック、ときにジャズ。あるときは歌謡曲とかね」
「面白そうな人ね」
「めちゃくちゃ面白い人だった」
「面白い人だった……」
「亡くなったんだ。俺が大学を卒業してから二年後だったかな、トリコロールが入っていたビルが開発のために取り壊されたんだ。マスターはそれを機に店を閉じた。それから三年後、マスターから電話があった。病気で長くないから見舞いに来いって命令されたよ」
「じゃあ亮ちゃんは、お見舞いに東京に行ったんだ?」
「マスターの故郷は群馬の高崎。だから見舞い先は高崎だ」
「マスター喜んだでしょ?」
「ああ、ベッドで寝ているマスターは俺を見るとこう言った『よう、Kボーイ』ってね」
「Kボーイ?」
「昔の人はK大生をそう呼んでいたんだ。まぁ今でもたまに聞くけどね」
「亮ちゃん、今はボーイじゃないもんね、ふふふ」
「笑うなよ。いい人だったよ、マスターは。マスターがいなかったら俺はどこかで壊れていたかもしれない」
あの頃が蘇る。そしてあの曲も。苦しくて辛いときに流れていたあの曲。
「お店に流れていなかったら、亮ちゃんはどこでそれを聴いたの?」
「お客さんがいなくなるとマスターが厨房の中でそれを聴いていたんだ」
「厨房の中?」
「そう、厨房の中。それもカセットテープで聴いていたんだ」
「カセットテープ」
「知らないだろ?」
「聞いたことはあるけど」
レコード、カセットテープ、CD。時代は流れる。今はスマホがあれば聴きたい曲はすぐ手に入る。
「マスターさ、その曲だけを聴くためにいちいちカセットを止めて、巻き戻して、そんな風にして何度もその曲を聴いていたんだ」
「何か面倒くさそうなんだけど」
「確かに。よし、これだ。マスターと俺の曲だ」
「マスターと亮ちゃんの曲?」
「ビリージョエルはトリコロールの厨房の中で歌ってくれたんだ。“Piano Man”をさ」
「この曲を俺に教えてくれたのはトリコロールのマスターだ」
「じゃあ店内にその曲を流していたとか?」
「全然」
私は首を横に振る。
「どういうこと?」
「マスター曰く『客に自分の趣味を押し付けない』。だから店内にはいつも有線放送が流れていたよ。ときにクラッシック、ときにジャズ。あるときは歌謡曲とかね」
「面白そうな人ね」
「めちゃくちゃ面白い人だった」
「面白い人だった……」
「亡くなったんだ。俺が大学を卒業してから二年後だったかな、トリコロールが入っていたビルが開発のために取り壊されたんだ。マスターはそれを機に店を閉じた。それから三年後、マスターから電話があった。病気で長くないから見舞いに来いって命令されたよ」
「じゃあ亮ちゃんは、お見舞いに東京に行ったんだ?」
「マスターの故郷は群馬の高崎。だから見舞い先は高崎だ」
「マスター喜んだでしょ?」
「ああ、ベッドで寝ているマスターは俺を見るとこう言った『よう、Kボーイ』ってね」
「Kボーイ?」
「昔の人はK大生をそう呼んでいたんだ。まぁ今でもたまに聞くけどね」
「亮ちゃん、今はボーイじゃないもんね、ふふふ」
「笑うなよ。いい人だったよ、マスターは。マスターがいなかったら俺はどこかで壊れていたかもしれない」
あの頃が蘇る。そしてあの曲も。苦しくて辛いときに流れていたあの曲。
「お店に流れていなかったら、亮ちゃんはどこでそれを聴いたの?」
「お客さんがいなくなるとマスターが厨房の中でそれを聴いていたんだ」
「厨房の中?」
「そう、厨房の中。それもカセットテープで聴いていたんだ」
「カセットテープ」
「知らないだろ?」
「聞いたことはあるけど」
レコード、カセットテープ、CD。時代は流れる。今はスマホがあれば聴きたい曲はすぐ手に入る。
「マスターさ、その曲だけを聴くためにいちいちカセットを止めて、巻き戻して、そんな風にして何度もその曲を聴いていたんだ」
「何か面倒くさそうなんだけど」
「確かに。よし、これだ。マスターと俺の曲だ」
「マスターと亮ちゃんの曲?」
「ビリージョエルはトリコロールの厨房の中で歌ってくれたんだ。“Piano Man”をさ」

作品検索
しおりをはさむ
姉妹サイトリンク 開く


