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千一夜
第58章 第八夜 island 扉
「こんばんは」
 河田の後に続いて入って来た池沢裕子は、カウンターの中にいる私たちにそう言って挨拶をした。
「いらっしゃいませ」
 私と聖子ママはそう言って河田と池沢を迎えた。
 私は池沢を見て血の気が引いた。
 河田は池沢についてこう言っていた「池沢はモデルみたいな美人ですよ」と。
 河田は間違えている。池沢はモデルみたいな美人ではない。池沢はモデルで美人だ(ようなは必要ない)。スタイルがよくて背も高い(河田も背が高いので、二人が歩けば間違いなくお似合いのカップルになる)。服のセンスも悪くない。提げているピンクのバッグはもしかしたら……エルメス?
 嫉妬していた自分が滑稽に思えてきた。嫉妬すること自体間違っている。私に用意された土俵は、池沢と同じ土俵ではない。一言で言えば、私と池沢は住んでいる世界が違う。
 何だか悲しくなってきた。許されるなら河田と池沢にお酒を作ったら「今日は失礼します」と言って帰りたい。
 そんな風に考えているときだった。
「鎌倉どうでした?」
 池沢は笑顔を私に向けてそう訊ねた。
「えっ?」
 笑顔を作ろうとしても、私には上手く口角を上げることが出来ない。
「専務はずっと鎌倉の話ばかりするんですよ。工藤さんと一緒で楽しかったと何度も何度も言うんです」
「あのプランは池沢さんが作られたとか?」
「専務がこう言ったんです『最初のデートは絶対に失敗したくない、だから池沢頼む』って」
「最初のデート……」
「ひょっとしたら美術館失敗でした?」
「とんでもない。芸術には詳しくはないですが、じっくり絵を鑑賞出来てとても意義のある時間を過ごすことが出来ました。本当にありがとうございました」
「よかったです」
 河田たちが来ることがわかっていたので、聖子ママは店を貸し切りにした。店の扉には本日貸し切りのプレートが吊り下げられている。
 不思議なもので、こんなときに限って河田は聖子ママと、そして私は池沢と話すことになる。おまけに遅れて店にやって来た加藤が加わることで、私は河田と話すことができなかった。
 もっとも聖子ママと加藤がいる前では、思うように話すことはできないだろう。
 河田が店に来てくれたことは嬉しかったが、私の心の中には雨が降りだし始めた。私は願った。お願いだから大雨にはなりませんようにと。
 
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