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ジュエリー
第4章 珊瑚は宝石に想い焦がれて


 珠子の実父は、広松ではない。もちろん珠子の異母兄とも違う。
 ひかりの奔放な一人娘は、日増しに珊瑚の面影が濃くなってゆく。ひかりの最愛の唯一の人、久遠の愛を渡されて、同じく久遠を誓った人──…無理もない。ひかりは珠子を身ごもった頃、あの清冽な遺伝子に胎内を侵されても肯けるほど、珊瑚に全てを委ねていたのだ。頑陋な科学者が聞けば、生物医学的にあり得まいと嗤うだろう。だが、昇華した愛は形而下的な定則を超える。

 ひかりは珊瑚に出逢う以前の日々に戻った。
 家に戻れば白髪頭の配偶者がいる。家庭という牢獄に守られている。

 だが、ひかりの存在の半分は、きっと珊瑚で出来ている。ひかりの存在の半分は、珊瑚の方へ流れていった。

 ひかりには今、十六年前にはなかった習慣がある。切実な酷愛を訪って、こうして海へ足を運ぶ。海に、ひかりから流れ出ていった気配を感じる。巨大な力、天数を変えることは出来ないが、天数が人の精神を変えることも不可能だ。


「ところでお母さん、何で冬まで海に来るの?」

「ケーキ、食べに行くんでしょ。少し寒い思いをした方が、熱いお茶がもっと美味しくなるからよ」


 ひかりは珠子のピンク色のマフラーを整えてやる。珊瑚なら揃いで巻きたいと言い出しただろう、機能性より装飾に長けたマフラーは、ウサギの顔が縫いつけてあって、この上更に、仔ウサギのコサージュまで挿してある。







ジュエリー──完──
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