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ジュエリー
第4章 珊瑚は宝石に想い焦がれて

「…………」
「ねぇ、お母さんってどうして海にキスするの?」
ひかりが波打ち際から顔を上げると、そこに、珠子の興味津々な顔があった。
明瞭な目鼻立ちに白い肌、ひかりの十四才の少女らしからぬ嬋娟さも備えた娘は、今日も厳格な父親の目をものともしないで、奢侈なロリィタファッションでめかしこんでいた。冬でもしっかりパラソルをさして、紫外線は許さない。ひかりの娘と思い難い。それでいて不思議と愛おしい。
「キスすると……幸せになれるから」
「本当ー?じゃあ私も」
「ダメ」
…──さ、行くわよ。
ひかりは珠子の手を引いて、歩き出す。
昔、珊瑚に好きなものを問われた。ひかりは海が好きだと言った。海が珊瑚の故郷だからだ。あの恋人が海の町に住んでいたことはなかったが、名前から、彼女と海が結びついたのだ。
珊瑚は、ひかりが初めて好意を寄せた対象だ。耽溺したただ一つの愛だ。ひかりは珊瑚に生かされて、そして絶えた。
最後の夜、電話の向こうで、珊瑚はそれまでさんざん馬鹿にしていた母親を、激賞した。
多数派崇拝の典型、父親とは長らく彼の落ち度から不和の関係にありながら、経済的な事情から、惰性の同居をのんべんだらりと続けている。精神を退廃へ向かわせてまで、変化を恐れる生き様は、美しくない。その点、母はいつまでも子供のように明るいところがあるという。
ひかりは珊瑚が私立の大学に通っていた頃の母との思い出を聞かされて、睡魔と戦いながら笑った。珠子のために、珊瑚を追うのを断念せざるを得なくなった。

