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拓也と菜津美
第1章 不安(拓也)
拓也は混雑する電車が嫌で、毎朝かなり早めの電車に乗るようにしていた。学校では授業が始まるまで図書室で勉強するのだ。

ところが、ある日寝坊してしまい、いつもより二本遅い電車に乗るはめになった。
案の定、通勤ラッシュにぶつかり、車内はすし詰め状態だった。
隣に一人の女性が立っていた。二十歳位だろうか、OLだろう。セミロングの緩いウェーブがかかった髪が、微かに揺れている。
駅に止まり、さらに人が乗ってきた。

(まだ乗ってくるのかよ…)

新たな乗客に押され、身体が隣の女性に押し付けられる。
以前、満員電車で隣にいた女性に触れ、にらまれたことがあった。

(わざとじゃないよ!)
(こんなに混んでるんだから仕方無いじゃないか!)
(おまえみたいなババア、頼まれたって触るもんか!)

拓也は、口に出して言ってやりたい気持ちを、必死にこらえたことを思い出していた。

拓也は隣の女性から少しでも離れようと頑張ったが、人の壁はびくともしなかった。
恐る恐る女性を見た。
彼女は静かに立ち、前を向いていた。
伏し目がちな瞳は、愁いを帯びて濡れているように見えた。
拓也は抵抗をやめ、そのまま彼女が降車するまで、二人は静かに寄り添い立ち続けた。

…★…★…★…★…★…

翌日も、拓也は二本遅い電車にした。やはり、その女性はその電車に乗っていた。
以来、毎朝彼女と同じ電車に乗ることが拓也のささやかな、そして唯一の楽しみとなった。
初めは、ただ遠くから眺めることがほとんどだったのだが…
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