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祐子
第3章 祐子 : その3
「行ってきます。」

少し緊張した硬い声で祐子は言った。

(慎重に…気をつけて…)

万が一にも、落としたり、盗まれたりして中を見られたら大変なことになる。祐子はショルダーバッグを、胸の前に抱え会社へと向かった。
会社に着いても、時間ばかり気になっていつものように仕事に集中できない。

今日と明日の二日間、村瀬部長は広島へ出張だ。当然、専属秘書の祐子には、以前からわかっていた。決行は今日の午後一番と決めていた。
午後の業務のスタートは、比較的他部署との打ち合わせに充てる事が多く、1~2時間席を離れていても誰も怪しまない。

ようやく12時を回った後、一人で社員食堂へ行くとパスタを食べた。
デスクへ戻りロッカーからA4サイズの紙封筒を取り出すと、大事そうに抱えエレベーターホールへと向かった。誰かに見られても、怪しまれないはずだ。

13階でエレベーターを降りる。目の前には長い廊下がはしっている。左手にはVIP用の応接室が並び、右手側には役員用の個室が並んでいる。今日の午後はVIP接遇の予定は入っていない。

村瀬部長の部屋の前まで行き、念のためドアをノックする。もちろん応答は無い。祐子はドアを開け体を中に滑り込ませると、後ろ手でロックをかけた。
左手に祐子が時々使う小さいデスクがあり、中央に応接セットが置かれている。その奥には、部長がいつも腰掛けている大きなデスクが鎮座している。祐子には見慣れた景色だった。

ゆっくりと、部長のデスクを回り祐子は窓にかけられたブラインドを降ろした。
革張りの椅子に手をおいてみる。部長の温もりが感じられるようだ。

「村瀬部長…。」

小さな声で呼んでみた。役員室はしっかりした防音工事が施されていて、かなり大きな音を出さないかぎり、廊下や隣室に聞こえない事は既に確認済なので、声をひそめる必要はないのだが…

椅子に浅く腰を掛けると、祐子は持ってきた紙封筒から、スカーフにくるまれた二本の恋人を取り出した。
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