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ママ活
第5章 社畜と推し活とママ活
今風の言葉を使うなら、転職先に推しがいた。
前の会社から転職してきた一年前、りなの平凡だった日常は、ともすれば女性向け漫画や携帯小説などに描かれていても十分だろうものに一変した。
学生時分、家族や友人達との時間と同じくらい、りなが大切にしていたのは、「ドーリィナイトメア」だった。中でも夢中だったのは、グループ内でもひときわ目立っていた、亜純だ。
亜純の儚く繊細な声、それでいて芯の通った彼女の歌唱は、かつて「ドーリィナイトメア」が出し続けていた少女の不安定さと人間の強さ、それらの矛盾を見事に真理に結びつけていた。いや、彼女の何がりなの心を掴んだかなどは、あと付けだ。ライブハウスで彼女を見た瞬間、会話したこともない相手に対する感情としては大袈裟すぎる執着が、りなの中で湧き上がったのだ。
なかんずく社会人になったあとは、通勤中、イヤホンに流していた亜純の声が、りなを励ましていた。ライブ会場でのみ手に入る音源は、平日のりなの支えの全てだった。
片道一時間以上かかる勤務地、初めての業務、経験の浅い新入社員を面倒臭がる年長者達──…。
思い描いていた新生活と、現実。
その格差に耐えかねたのは、就労中どれだけ我慢しても、二度と「ドーリィナイトメア」の立つステージを観られなくなってまもない頃だ。突然の解散、そして亜純を含むメンバー達のSNSのアカウント閉鎖は、りなから気力を一気に奪った。
それでも無職になる勇気もない。
かくて通勤しやすい、且つ給料も申し分ない新天地で再スタートを切ったりなは、配属されたオフィスで幻を見た。