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ふたりの娘
第1章 プロローグ
「お母さん、彼氏がいるみたい…」
沖縄に向かう飛行機の中で結衣子が唐突に口を開きました。

「…うん」
「お父さんもわかってた?」
私は小さく頷き、結衣子の頭を撫でました。出会って5年、親子になって3年の間、私は何度結衣子の頭を撫でたでしょう。嬉しいとき、悲しいときにいつも、結衣子は私に頭を撫でて欲しくて寄って来ました。そのときも飛行機の隣の席から私の肩に、結衣子はショートカットの頭を乗せていました。

「ほら、富士山!」
飛行機の小さな窓から、雪に覆われた富士山の山頂が見えました。私が声を掛けると、窓際に座る結衣子はチラッと視線を外に向けました。

「富士山なんていつも見てるよ!」
少しだけ唇を尖らせながら、結衣子はシートに深く座り直しました。その横顔はいつの間にか大人びて、母親とそっくりでした。

「ユイちゃん…化粧してる?」
「うん…お父さん、やっと気づいた?」
不満げだった表情が一瞬で笑顔に変わり、結衣子が私に向き直りました。ちょっとだけアイラインを入れ唇にグロスを塗って背伸びをしていましたが、結衣子の笑顔は小学4年生のころのままでした。その笑顔に結衣子と過ごした楽しかった出来事を思い出し、妻のことを忘れていました。

結衣子は10歳で私と出会ってからずっと、私のことを名前で呼んでいました。それが初めて「お父さん」と呼んでくれたのは、小学校の卒業式でした。活発でずっとサッカーをしていた結衣子は、友達や先生にも可愛がられていました。式では卒業生代表に選ばれ壇上であいさつをしました。そして友達や先生に対する感謝を述べたあと、最後に妻と私にも触れました。「お父さん、お母さん…ありがとうございました!」と大きな声で壇上から叫び頭を下げる結衣子の姿に、私たち夫婦だけでなく周りの父兄からも大きな拍手が贈られました。式後に会った結衣子のはにかんだ笑顔は、たぶん私は一生わすれないでしょう。

感傷に浸る間もなく、いつの間にか機内サービスが始まっていました。CAさんがドリンクを持って回ってきたため、結衣子は目を輝かせドリンクを選んでいました。そしてお菓子ももらうと、結衣子は母のことを忘れたように上機嫌になりました。

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