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謀殺された王子は 復讐者として淫らに返り咲く
第25章 甘い毒
「密書の真偽などどうでも良いではないですか?」
「だがこれは──…っ」
「そんな紙切れより目の前の " 僕 " を見て下さい。さぁ」
スッ───
「──…よく見て」
「……!?」
「これほど穢れた卑しい者へ、よもや崇敬(すうけい)の念など持たれまい」
シアンは片腕を横に上げてバヤジットにむけて開いてみせた。
それは自らの品定めを願いでるような、堂々とした佇まい。
「心配しなくとも貴方の " 殿下 " は……
この砂漠の何処にもいないのです、バヤジット様」
ひとつの秘密も持ちえぬ声で
そう話す青年は、やはり、隠しきれない気品をまとっているのだった。
「……!」
咄嗟に顔をそむけたバヤジットは、シアンが広げた腕に視線を落とす。
その腕は一見そうとわからぬように布を巻いているが、肘から下は、藁(わら)で編まれたまがい物だ。
“ そうか、あの義手……っ。その左手が──…そういう事だったのか ”
すでに失われたシアンの左手。そして──バヤジットが九年前に切り落とした殿下の左指。
全てのつじつまが合ってしまうと
バヤジットはその場で跪くよりほかなかった。
「…どうかッ…嘘であると言ってくれ…!!」
「……」
「あの密書もスレマン・バシュの乱心も……っ、無関係であると言ってくれ!何もかも俺の思いすごしであると笑ってくれ!」
「……思いすごし?」
情けない声。
一国の将官とは思えない、弱々しい姿。
床に膝を付けたバヤジットが懇願するように叫ぶと、大きな背中がますます丸くなった。
「──…」
そんな男の背中をシアンが見下ろす。
冷たく細めた目で見すえた後、彼に被さるかたちで腰を曲げて
バヤジットの耳に唇を近付ける。
「──…甘い毒を呑ませました」
「──…!? 毒……!?」
妙に色気をまとった、あの恐ろしい声だった。