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人妻愛人契約
第1章 10億の借金
「お帰りになってたんですか」

頭が白くなった小柄な男性が事務所に入って来た。泰三の代から番頭を務める井上慎吾だった。旅館の経営なんてやったことがない二人は、慎吾を最も頼りにしていた。

希実は、背もたれに預けていた身体を起こした。

「慎さん、お客さんのほうは、どんな感じ?」

「一組予約が入ってましたが、温泉が壊れていることを伝えると、キャンセルになりました」

「はあ……」希実は、萎れた花のように頭を垂れた。「しかたがないわよね。温泉に来て、入れないんじゃ意味ないもの。お客さん、今日はゼロか……」

「申し訳ありません」

「なにも慎さんが謝ることはないわ。悪いとすれば温泉の神様よ」

希実は、事務所に飾ってある神棚を睨んだ。

「女将、そちらの具合はいかがでしたか?」

「こっちも全然ダメ。どこの銀行も相手にしてくれない。祐樹も同じだって」

「そうですか」

今度は、慎吾がガックリと肩を落とした。

「どうしたらいいと思う?」

希実が聞くと、

「そうですね……。こうなったら、やっぱり三河屋(みかわや)さんに相談してみるしかないんじゃないですか」

「あのエロおやじに!?」

「三河屋さんの女癖が悪いのは有名ですから、女将が嫌がるのもわかりますが、この辺りで、いま一番成功している旅館ですし、なんと言っても旅館組合の理事長さんだ。相談してみるくらいの価値はあるんじゃないでしょうかねえ」

「そうだよ。慎さんの言う通りだよ。毛嫌いしててもしょうがないじゃないか。一度くらい相談してみたらどうだ」

祐樹も慎吾の意見に賛同を示した。しかし、希実は、心底から嫌そうに顔を顰めている。

「う、うん。それはそうなんだけど……」
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