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人妻愛人契約
第7章 移りゆく季節の中で~春、パンドラの箱
広々としたロビーには、大きめのソファがいくつか置かれていた。祐樹は、一番奥のソファに座り、ボーっと窓から庭を眺めた。手入れの行き届いた日本庭園に昨晩降った雪が薄っすらと積もっている。餌を探しているのだろうか、小さな鳥が1羽、雪のない地面を嘴で突っついていた。

祐樹の頭の中で、沙耶の言葉が木魂のように響いていた。

――身体を重ねているうちに好きになってしまうことがある。

希実は、善一のことを好きになってしまったのだろうか。好きになってはいなくても、以前のように嫌ってないのは見ていてわかる。

考えてみれば、希実はいつから「三河屋さん」ではなく、「善一さん」と名前を呼ぶようになったんだっけ。それだってもうかなり時間が経ってるじゃないか。

祐樹は、考えれば考えるほど、気持ちが落ち込んでいくのを感じた。

「ここにいましたか」

聞きなれた野太い声に顔を上げると、善一が立っていた。

「深田さん、今年もよろしくお願いします」

善一は、祐樹の正面に腰を掛けた。よりによって一番会いたくない相手の思いもよらない登場に祐樹の顔が歪んだが、それでも、

「こちらこそ、よろしくお願いします」と形だけの挨拶を返すことはできた。

「早いものですね。あれからもう9か月が経ちます」善一が、いつもとは違ってしんみりとした感じで語り出した。「深田さんには、いつも申し訳ないと思ってるんですよ。わがままを言って、大事な奥さんをお借りして。そのうちに埋め合わせはしますから」

「はあ……。それで何か御用ですか?」

「このあと組合関係のところに挨拶周りに行こうと思うんですけど、希実さんをお借りしてもかまわないでしょうか」

「それは広報室長ですからね。僕に断ることもないでしょう」

「そう言ってもらえると助かります。いえね、世の中には私が希実さんといると変な蔭口を言う人がいるんですよ。ご主人の許可をいただければ大手振って一緒にいられるってもんです」

ガハハハ。善一は大きな声で笑うと、それでは、と言って立ち去った。

「大手を振って一緒にいられる、か」

落ち込んでいた気持ちが、さらに落ち込んでいく。

「はあ~」

祐樹は深いため息をついて窓の外を眺めた。いつの間にか小鳥の姿は消えていた。
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