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ヒヤシンスの恋
第1章 菫のため息
翌朝、菫は庭先でのんびりと洗濯物を干していた。
陽射しはすでに高い。
亮一の朝食の準備や送り出しがないからついつい朝寝坊してしまった。
起きたら9時すぎていて、驚いた。
在宅ワークの菫は何時に起きても構わないから亮一の会社がないとついついだらしなくなってしまう。

…初日からこれなんて、私も相当弛んでるわ。
密かに肩をすくめる。

初夏の風が心地よい。
干し掛けの洗濯物を手に菫はぼんやりと縁側に座り、空を見上げる。

…亮ちゃん、今頃コンドミニアムに着いたかな…。

住まいはミシガン湖のほとりの単身用のコンドミニアムらしいけれど、大丈夫だろうか。
亮一は大学時代一人暮らしをしていたから炊事洗濯掃除は一通り出来る。
けれど、いくら中学生までアメリカにいたからと言って、ブランクはあるのだから色々戸惑っていないだろうか…。

気を揉む菫の耳に、昨夜zoomで繋げた有紀子の声が甦る。

『だから菫は過保護過ぎるのよ。
ダンナがいない間くらいのびのび自由を満喫したら良いじゃない』

有紀子の住むソウルとは時差がないから気楽にオンライントークが楽しめる。
昨夜は早速、亮一の単身赴任を愚痴ってしまったのだ。

『ダンナが単身赴任で寂しがるなんて、今時かわゆいヨメだこと』

パソコンの画面越しでも、有紀子は洗練されたメイクと洒落た服装なのが見て取れた。
有紀子の背後に広がるのは大きな窓から見える煌びやかな高層ビル群だ。
漢江の南側、カンナムの高級マンションに有紀子は住んでいる。
日本でも最近表参道に出店した韓国の人気香水ブランドの本店のマネージャーの彼女は破格の給料を貰っているらしい。
座っている真紅のソファはイタリアのカッシーナだろう。

…IKEAの特売のチェアに座っている自分が少し惨めになる。

『だって、転勤で引っ越したばかりなんだよ。
周りに知り合いも居ないし、寂しいんだもん』
『じゃあソウルに遊びにおいでよ。
観光案内くらいするわよ』
『亮ちゃんが一生懸命働いてるのに、遊び回る気になれないよ』

有紀子は呆れたように首を振った。

『あんたさ、いったい何時代の奥様よ。
ダンナの留守を守る主婦…て古すぎない?』

グラスに入った赤ワインを煽りながら、揶揄うように笑った。

『…そんなに寂しいなら、浮気のひとつやふたつしてみたらいいじゃん』






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