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ヒヤシンスの恋
第1章 菫のため息
「へえ…。あんたお隣さん?
引っ越してきたんだ。
全然気づかなかった」
涼やかな美しい瞳にまじまじと見つめられ、菫は思わず後退りする。

こんなに美しい青年と至近距離で接したことがないからだ。

…ああ、なんで部屋着を着替えなかったんだろう。
半袖のピンクベージュのオールインワン…。
コンビニくらいは出かけられる服装だが、絶世の美青年の前に立てる服ではない。絶対にない。
しかも化粧もしていない。
顔は洗いっぱなし、髪もシュシュで緩く結んでいるだけだ。
…ああ、穴があったら入りたい…!

「…何回か伺ったんですけど…」
余り見つめて欲しくなくて、力なく俯く。

「僕、大抵寝てるから。
午前中来ても無駄だよ。
低血圧の上に寝つきが悪くて昼夜逆転してる。
…そう、ヴァンパイヤみたいなものさ」

麗しい優美な人形のような美貌でにやりと笑う。

「…はあ…」

…綺麗だけど、変なひとだわ。

「…で?ピアノ。
あんた、本当に習いたいの?」

「は、はい!ぜひ!お願いします!」

「ふうん。
…本当は教室なんか開くつもりはなかったんだよね。
兄さんが無理やりあの広告作っちまったんだよ。
僕があまりにも引きこもっているからさ。
でもまあ、お隣さんのよしみであんただけ教えてあげてもいいよ」

…情報量が多すぎていまいち全部理解できないが…
「え?じゃあ、ほかに生徒さんは…」
「居ないよ。
問い合わせなんてみんなスルーしてるから」
「へ、へえ…」

…なんだかやっぱりかなり変わっているひとみたいだ…。

…でも…

「どうする?やる?やらない?
僕はどっちでもいい」

どうでも良さげに肩を竦められ、慌てて答える。

「やります!
教えてください!ピアノ、習いたいです!」

…ピアノより、この美しい青年を知りたい。
もっと知りたい。
だって…だって、こんな気持ち初めてだもの…。

青年はにっこりと笑った。
煌めく光を集めたような笑みだ。

「じゃあ決まりだ。
明日早速来て。
レッスンは夜19時からね。
その時間ならさすがに起きてるから」

…それから…

と、美しい青年はまるで手品のように白い掌から菫の下着を手渡した。

「庭に落ちてた。
貌に似合わずエッチなパンツ履いてるんだね、お姉さん」

絶句する菫に青年は艶を含んだ悪戯めいた眼差しを送り、あっけなく去って行ったのだ。





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